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道端で芸術鑑賞!Vol.3〜大須大道町人祭〜

日本ではまだまだ数の少ない大道芸フェスティバルをご紹介するこのシリーズ。今回は愛知県名古屋市で行なわれている「大須大道町人祭」をご紹介します。

「大須」は終戦直後、「名古屋十名勝」に堂々と入り、名古屋一と呼ばれた盛り場でしたが、戦後の復興期を過ぎた1965年(昭和40年)頃からは、近代的な魅力の乏しさから、街の活力を失ってしまいました。

そんな寂しい状況が続いていた昭和53年10月。中日プロダクションの故高橋寿々夫氏を中心として、若い商店主が立ち上がりました。「生活の場、人と人との出会いの場として、再び活気を取り戻そう」と、亡びつつある大道芸を呼び集めました。「街は人にとっての生活ドラマの舞台である」をモットーに、手作りによる「大須大道町人祭」を開催したのです。これは、かつて大須観音で行なわれていた「庶民の祭り」を復活させたものでした。

名古屋では、すでに官製の「名古屋祭り」が有名でした。この祭りは、織田信長から豊臣秀吉、徳川家康の三大英傑をたたえたもので、特に「三英傑行列」は豪華できらびやかです。

この祭りに対抗しようと、高橋氏は「大須大道町人祭」を「名古屋祭り」と同じ日にぶつけてきたことで、大きな話題になりました。

祭りでは、バナナの叩き売りや、ガマの油売り、チンドン屋、猿回し、七味唐辛子売りなどの伝統的な芸を持つ人々が町中に溢れ、大須観音境内の特設テントでは、「からくる独楽(コマ)」「飾り凧(タコ)」「錦絵木版摺り」など、江戸時代から続く伝統の芸を披露し、訪れた人々も大喜び!

また、「三英傑行列」に対抗するため、華やかな衣装で街頭を練り歩く「おいらん道中行列」、鎧やかぶと姿の「子供英傑行列」などを、全て手作りで、次々と作り上げていきました。下町情緒溢れるこのお祭りは、消えつつあった伝統的な大道芸を復活させ、大成功を収めたのです。

これによって、大須のイメージはガラリ一変。祭りにほれ込み、大道芸を目指す人々も次々と現れ、今では大須大道町人祭以外にも、「大須サンデー大道芸」と題して、毎週日曜日に大須ふれあい広場を開放し、ジャグリングを中心に、マジックや独楽曲芸やパントマイムなどの芸を競うイベントが開催されるようになりました。関係者たちの町おこしへの願いが、見事に叶ったと言えるでしょう。

近代化された便利さだけが街を活性化させるわけではありません。文化を掘り起こすことで、街が活性化されることで、さらに新しい文化が生まれる。こんな当たり前のことに真剣に取り組んだ町が、日本の中でどれほどあるのでしょうか?

ちなみに近年の大道町人祭では、大須の成功の秘訣を知ろうと、全国の商店街から視察の申し込みが相次いでいるとか。町や社会を活気付けるのは、やっぱり「人」ですもんね!



(文・K)2002/04/15