|
|
|
伝統芸能を守り伝える中高生 〜淡路人形浄瑠璃〜
7月の末に、国立青少年オリンピックセンターで行われた「子どもと舞台芸術出会いのフォーラム」に行ってきました。ここでは数々のパフォーマンスプレゼンテーションや、普段ではなかなか出会えない地方の芸術に触れられる企画が盛りだくさんで、会場は連日にぎわっていました。 今回は、このフォーラムの中で上演された「中学生・高校生が演じる“人形浄瑠璃”」を紹介します。演じるのは兵庫県南淡町立南淡中学校の郷土芸能部と、兵庫県立三原高等学校郷土部の皆さんです。 南淡中学校は、明智光秀を中心に繰り広げられる題目、「太功記(たいこうき)」を、三原高等学校は、哀しい親子の情を描いた題目、「傾城阿波の鳴門巡礼歌の段」を上演しました。お話の盛り上がりの部分では、義太夫の語りに拍手が沸き起こるなど、とても中高生には見えない自信と誇りに満ちた舞台でした。 兵庫県淡路島の伝統芸能として有名な、「淡路人形浄瑠璃」は400年以上の歴史があります。起源は室町時代にまでさかのぼり、伝承によると西宮戎神社に仕えていた傀儡師(かいらいし)・百太夫が、淡路の三条村(三原町市三条)に人形操りを伝えたとされています。また、昭和51年には国の重要無形民俗文化財に指定されています。 亨保年間の全盛期には、淡路島の中には40以上もの人形座があったそうですが、明治初年に14座、大正初年に11座、昭和30年にはわずか3座にまで減少しました。現在では淡路人形座の1座のみがプロとして継承活動を行っています。 そんな逆風の中で、ずっと淡路人形浄瑠璃の保存と普及に努めてきたのが、1952年に創立された三原高等学校郷土部です。彼らは全国高等学校総合文化祭や日本各地での公演活動を行なっています。 1993年には、埼玉県で開催された第17回全国高等学校総合文化祭芸能部門で優秀賞を受賞。94年には、NHKの「青春メッセージ’94」に出演し、全国に放送されました。また96年にはハンガリー建国1100年を記念して開催された「日本ハンガリー友好フェスティバル」に招待され、初の海外公演も行ないました。 部員はこのときの様子を次のように語っています。「日本独特の義太夫節がハンガリーの人にどう聞こえるか不安でした。しかし、人形が太鼓の音にあわせて拍手するシーンでは、観客がリズムに合わせて拍手を始め、舞台と客席が見事に一体になりました。思わぬ出来事に感動し、目に涙を浮かべながら人形を操りました。日本の伝統芸能が国境を越えて伝わったことに驚き、一段と人形浄瑠璃が好きになった気がします」 また、三原高校の後輩分にあたる南淡中学校は、旧中学校5校が統合して20年目をむかえます。この中学校にも開校と同時に郷土芸能部が創立されました。というのも、当時、小学校や高校には人形浄瑠璃の伝承に取り組む団体が創られていましたが、中学校にだけなく、小・中・高とつながる継承体制が地域から強く望まれていたからだそうです。 当初は淡路人形協会から6体の人形を借り、外部から指導者を迎えて活動を開始したそうです。全く何もない0(ゼロ)からのスタートで、先生と生徒達が試行錯誤しながら大道具や小道具、人形の胴体などを作り上げ、1年後に1つの作品を上演するにまで至ったそうです。また、地域の方々や淡路人形協会からの協力や寄贈によって、次々と人形や道具を増やし、今では上演できる演目も年々増えています。 淡路人形浄瑠璃は、人形操作と義太夫による浄瑠璃、三味線が三位一体となって上演されます。1体の人形を3人であつかう複雑なあやつりは、地道で長い修行と鍛錬が必要だそうです。 南淡中学校では、浄瑠璃と三味線を、この道の第一人者で人間国宝にもなられた鶴沢友路師匠に月4回、人形は郷土芸能部OBで淡路人形座で活躍されている方に月3回指導して頂いています。そして今では、人形、浄瑠璃、三味線のすべてを生徒たちだけで上演できるようになりました。 実際、フォーラムで上演された時も、南淡中学校も三原高等学校も、全て生徒たちだけでの上演でした。会場中に響く三味線の音色と、義太夫の朗々とした語り、人間のようになめらかに、時には力強く動く人形が見事に交わって、初々しくも迫力のある舞台となりました。 そして、上演後の生徒たちの顔からは、爽やかな汗とともに、まぶしいくらいの笑顔がこぼれていました。私が「お疲れ様でした」と声を掛けると、はにかみながらも嬉しそうに、「ありがとうございました」と元気に答えてくれました。 芸能だけにとどまらず、各地には色々な伝統があります。それらは古く、非生産的であっても、人間の心に響く確かなものがあるからこそ、長く生きつづけているのです。 最近では不況を理由に、文化に対する支援金の削減や、文化事業からの撤退が多く見られます。そんな状況の中で、淡路島の中高生たちが人形浄瑠璃という日本の誇る伝統芸能に触れられるのは、地域の人々のバックアップと、先生方の理解と努力の賜物だと思います。 そして、幼い頃からそういった文化に触れて育つ彼らは、きっと心豊かな生活を送り、また、それを次の世代へと引き継いでゆくはずです。 心の豊かさを育むために設けられた「ゆとりの時間」。それは、決して生産的で、経済的な人間を育てるために設けられたものではないはず。より広く世界を見て、生きていく力を育てるためには、地域が団結して、お金を惜しむことなく、文化を守り広めていく必要があるのではないでしょうか。 |
|||||
|
(文・K)2002/8/19
|