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演劇創世記 vol、3

演劇の起源を探した時、やはり宗教的な儀式にたどり着きます。

神様が人間にとりついて言葉をしゃべるimpersonation(扮演)というのが、そもそもの始まりだというわけです。古代ギリシアの悲劇も、ここから始まったという説があります。


●俳優の誕生

アリストテレスは、「悲劇は最初、即興から始まった。この点では悲劇も喜劇も同様である。一方悲劇は合唱舞踊ディテュランボスの先導者から興った」と述べています。

ディテュランボスとは、ギリシアの「お酒の神様」で、「生と死の神様」でもあるディオニュソスを祝う合唱歌で、古代ギリシャ悲劇の始まりといわれています。

彼を祝うお祭りが、ギリシャ悲劇のコンクールが行われていた「大デュオニュシア祭」です。

この合唱歌は、歌いながら踊る群衆の集団「コロス」と、それを指揮する「エクサルコス」で形成されていました。コロスは、エクサルコスにあわせて、髪を振り乱して大地を激しく踏みしめ、声を振り絞って歌い踊りました。

ぶどう酒に酔い、取り付かれたように即興で歌い踊っていたのですから、かなり激しいパフォーマンスだったのでしょうね。

やがてエクサルコスは、単純にコロスを先導するだけでなく、コロスと対話するように歌唱するようになり、自然と「集団と個人の対話形式」が生まれてゆきました。

さらに、エクサルコスは歌だけではなく、日常会話のようなセリフも語り始めます。そしてこれが、最古の「俳優」となるわけです。


●ギリシャ悲劇の誤解から生まれたオペラ

ギリシャ悲劇は、「歌い狂う」という当初の形から、徐々に演劇的なものになってゆきました。

ちなみに、当時の俳優は全て男性。衣装は日常生活の衣服をやや誇張したようなものでした。そして、遠くに座っている観客にも登場人物のキャラクターが一目で分かるように、大きな仮面を付けていました。約2万人を収容する舞台での公演ですから、身振りも相当大げさだったようです。

劇場は、俳優が立つ高台(プロスケニオン)と、コロス(合唱隊)のための円形の平土間(オルケストラ)があり、それを囲むように、扇形の観客席がありました。

そう。コロスは、コーラスの元。オルケストラは、オーケストラやオーケストラピットの元。そして、ギリシア悲劇の形式は、オペラの元になっているんです。

時は流れて16世紀末……。

当時、フィレンツェの貴族のサロンに芸術家や知識人が集まって、音楽会や座談会などを通じて交流する「カメラータ」という集会が頻繁に行なわれました。

そこに、古代ギリシャ悲劇を愛好する伯爵がいて、仲間たちとギリシャ悲劇の復活上演を目指して、毎晩毎晩、研究と実験を繰り返していました。

その結果、「言葉が優先した音楽劇である」という結果を導き出し、1600年、フランス王アンリ4世の結婚式で「エウリディーチェ」を上演しました。これが、オペラ作品の第1号となったわけです。

こうして生まれたオペラは、古代ギリシャ悲劇の様式からはかけ離れたものでしたが、かなりの好評を博し、独自のジャンルを開拓。今に受け継がれているわけです。

さて、次回からはさらに時代を進めて、演劇の発展を探って行きます。
どうぞお楽しみに!


参考文献
「ギリシャ悲劇」 著:山形治江  出版:朝日新聞社出版局
ENCARTA百科事典2000 Microsoft
演劇の起源と成立(芸術論01)
http://www.page.sannet.ne.jp/kitanom/geiron/geiro01.html


(文・O)2004/8/17