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演劇創世記5 「パントマイム」もギリシャ起源!?
ギリシャ・ローマ時代は、まさに“演劇ビッグバン”でした。そのとき生まれた見せ物や出し物は、長い年月を経て、様々な演劇スタイルに姿を変えながら、今日まで息づいています。中でも、そのスタイルが当時とほとんど変わっていないものもあります。 その1つが「パントマイム」です――――。 ● 意外なギリシャ発? パントマイムが生まれた国と言うと、かの有名なジャン・ルイ・バローやマルセル・マルソーが生まれたフランスかな?と思ったり、コメディア・デラルテがあるイタリアかな?思ったりしますが、実は正真正銘のギリシャ生まれ。 パントマイムの起源は、古代ギリシャ初期にまでさかのぼると言われています。 ギリシャ中東部のメガラという都市からやってきたドーリア人のグループが、歌、踊り、台詞、アクロバット、ジャグリング、そして、無言のジェスチャーによる出し物を披露しました。これが芸能としてのパントマイムの原始的な形と思われています。 ディオニソス祭でも、演劇の幕間劇的要素としてマイムがさかんに行われていたようです。内容としては、ギリシャ神話にもとづくパロディから、不倫や泥棒、殴り合いの喧嘩など、日常生活の卑俗なものまで広範囲に渡っていました。 さらに進むと、台詞をほとんど省略し、歌手の歌に合わせて身振りと踊りで情景を表現するようになりました。こうして、今のパントマイムの形へと変化していったのです。 ●マイムは国を動かす? ローマ時代の初期には、「アテルラナ劇」と呼ばれる短いマイム的な笑劇が流行しました。この劇は、間抜けな老人パップス、物知りの奴隷ドゥセンヌス、大食で好色なマックスという数人のお決まりの登場人物が、それぞれ特徴ある仮面や衣装を身につけ、ストーリーを展開します。 これは、台本やストーリーよりも、むしろ身体的な即興を大切としていて、後のコメディア・デラルテに近い形式です。 他にも、マイム的なものが好まれていたようです。その内容は世俗的なものから乱暴でグロテスクなものまで。一方、神話や叙事詩をモチーフにした技巧的なマイムも多く行われました。 当時、「悲劇のピラーデス」と「喜劇のバティーラス」という2人の優れたマイム演者が民衆の人気を二分していました。 彼らの舞台が人々に与える影響力はとても大きく、時の皇帝ジュリアス・シーザーは国家が抱える問題から民衆の注意をそらすために、わざわざ彼らを起用したとか。 彼らのマイムの力は、人の心はおろか、国をも動かしていたのですね。 ところがそんな流行も、ローマ帝国とともに衰退してゆきます。やがて、他の演劇と同じように、国教となったキリスト教の弾圧を受け、上演が禁止されてしまうのです。 その後のマイム芸は、劇場にも教会にも受け入れられず、広場や路上、地域のお祭りなどで芸を披露してきた者たち、つまり、大道芸人によって受け継がれ、発展してゆくことになります。 そのため、弾圧後も旅芸人たちによって各地で細々と上演され続けていました。演劇が日の目をみなかったこの時代も、少数の一座たちにより、その形態や技巧は発展を続けていたのです…………。 参省 「パントマイムのすべて」 クロード キプニス著 「おしゃべりなパントマイム」 カンジヤママイム著 |
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(文・E)2004/10/18
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