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演劇創世記6 さすらいの即興喜劇〜コメディア・デラルテ〜
ローマ時代末期、国教となったキリスト教会の力により、圧力がかかっていった演劇の流れでしたが、この中でも、旅回りの劇団により大成されていった劇芸術が、イタリアで発祥したコメディア・デラルテ(Commedia dell'Arte)でした。 コメディア・デラルテとは、特定の「劇団」というわけではなく、道化芝居を演じる数多くの劇団全体を指します。俳優たちは、独特な仮面と衣装をつけ、それぞれ個性の強いキャラクターを演じます。 特徴のある声や体の動き、それぞれの性格もひとつひとつ確立されていました。例えば、黒い帽子にとがった顎ヒゲ、けちな老商人の「パンタローネ」や、軽妙な動きとインチキな知恵で、話を解決に運ぶ召使「アルレッキーノ」などが、ストック・キャラクターと呼ばれる代表的な登場人物たちです。 一説によると、彼らのルーツは古代ローマ喜劇の「アテルラナ劇」ではないかと言われています。「アテルラナ劇」もやはり、ストック・キャラクターを用いた、風刺の強い即興喜劇でした。それが、教会から抑圧されていた約500年の間に洗練されてゆき、コメディア・デラルテへと変貌したのではないかといわれています。 しかし、旅回りの集団と言うこともあり、詳細な成立年代などについてはよくわかっていません。ただ、1550年代には、ほぼ内容や上演形式、劇団の構成なども確立していたようです。 内容は、時事問題やゴシップ、上演場所の話題の出来事など、地域色をふんだんに取り入れていました。それまでの喜劇の持つ風刺性は損なってはいないものの、その矛先は国家権力者や宗教家ではなく、大衆そのものでした。 そのため台本の舞台には、貴族などの身分の高い人物は描かれず、職人階級と労働者階級をとりあげました。大衆の身近にいそうな人物を滑稽に演じるのを観て笑う、つまり、大衆が大衆を笑っていたようですね。 上演する場所も、観客が集まりそうなところならどこでもよく、すぐに仮舞台を設置して、芝居を見せていたようです。熟練の俳優達による即興劇は、各地で上演され、受けもよく、また、レベルの高いものは貴族達にも喜ばれたようです。 その結果、16世紀末には言葉の壁を越えて、イタリア以外のフランス、スペイン、イギリスでも公演 を行うまでになりました。 また、彼らの演技は実に誇張されていて、独特の笑いのテクニック(ラッツィ)を生み出しました。身体表現も多く使われ、パントマイムのルーツにもなっていると言われています。また、女性が舞台に上がることがあり得なかった時代に女優を登場させるなど、後の舞台芸術に大きな影響を与えています。 モリエールは、彼らの影響を強く受けた作品を多く残していますし、マザー・グースの中にも、ストック・キャラクターをモデルにした登場人物が多く登場します。サーカスに登場するクラウン(ピエロ)も、もともとコメディア・デラルテに登場するキャラクターから派生したものです。 また、記録は定かではありませんが、時代的に、シェイクスピアも彼らの影響を受けたのではないかとも言われています。特にフランスではその影響が大きく、「イタリア座」という劇場まで設立されました。 このように、職業的な役者からなる劇団として大きく成功を収めたのは、コメディア・デラルテが最初といわれています。 この抱腹絶倒の即興劇を支えたのは、なんと“一片の紙きれ”でした。この紙には、セリフや動きなどの細かなものは一切書かれてなく、場面と何をするかぐらいの、大まかな筋書きだけが書かれていました。そして、本番には背景のパネルの裏側にぶら下げてあったのです。いわば、カンニングペーパーのようなものですね。 即興中、役者は舞台の裏側に来たら、この筋書きを読むことで、舞台で起こっていることの修正や盛り上げ、役者同士の意識の統一に役立てたようです。このような習慣は、とても効果的だったのでしょう。18世紀の後半、コメディアデラルテの衰退まで続いたとされています。 そして、現代においても、コメディア・デラルテの手法は脈々と続いています。最近では、彼らの方法論を俳優の訓練法や上演に活かそうとする団体も多くあります。是非、一度ご覧になってみてはいかがですか? ※参考文献 「中世演劇の社会史 グリン・ウィッカム著 山本清訳」 「西洋演劇史 菅原太郎著」 |
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(文・E)2004/11/15
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