under


 
 
神様が観たがった芝居? 〜中世ヨーロッパにおける演劇〜

ローマ帝国で様々な劇場で盛り上りをみせていた演劇文化は、ある時期になると、突如、そのなりをひそめます。国教として力を持ったキリスト教により、強い弾圧を受けたからでした。

しかし、そんな中世でも、人々のそばにはやはり演劇がありました。それはキリスト教の力が強かったからこそ生まれた劇でした。
その代表的な一つが「コーパス・クリスティ劇」です。

●こーぱす・くりすてぃ?

コーパス・クリスティというこの長い名前は、キリスト教における祝日「コーパス・クリスティ・デイ(聖体の祝日)」から由来するもの。この祝日は、パンとワインを、それぞれキリストの肉、血として食すことで、キリストとつながる儀式、「聖体」を重要視するために制定されたのです。

しかし、修道会は、この聖体の重要性を、文章も読めない一般の信徒たち伝えるにはどうすればよいかという問題に直面していました。新しい布教の形式として考え出されたのが、「劇による布教」でした。

それまでは、典礼などの儀式の際に、聖職者達によるラテン語の歌唱劇が行われていましたが、新しい劇は、台本が各国の言葉で書かれ、“歌う劇”ではなく“台詞を語る劇”としてつくられました。また、儀式とは距離をおき、はじめから「劇のための劇」として独立したものとして構想されました。

題材は、キリストがエルサレムに入城し、ヘロデとピラトの前での裁判、磔刑、降架、 地獄めぐりを経て復活にいたるまで。

14世紀初頭、教皇クレメンスにより聖体の祝日が制定されると、その1、2年後にはヨーロッパ全域で祝われるようになりました。それにより、劇も各国で様々な形で上演されました。

その後、この教義的な意味に普遍性を持たせ、伝わりやすくするために、舞台の時間軸を各国の“現代”に置き換えるようになりました。そのため、台本作者と俳優たちは、もともとの登場人物をモチーフにして、新しい登場人物を生み出したのです。

この改変は、劇を「世俗化」させました。しかし、それはあくまで表面上のものに過ぎず、劇を支える宗教的動機を失うことにはつながりませんでした。むしろ、人々の理解が進み、より多くの人々が劇の制作に参加しやすくなったことで、布教という劇の目的はさらに明確になり、人々を感動させる力もさらに強まったのでした。

●世界は劇場、劇場は世界

この劇の特徴として、時間と空間の概念が、乱暴なまでに短縮されて描かれていることがあげられます。

例えば、天使が地上にさっと降りてきたり、悪魔が地獄から突然地上に現れたりすることです。、伝統的に神々が創造した「世界」を「劇場」になぞらえたり、説教や美術、文学の寓意表現を通して、天国や地獄などの不可視の世界を理解することに慣れていた人々にとって、そんなスタイルは、とても受け入れやすい表現でした。

「世界は劇場」という考え方では、俳優が舞台の上で動きしゃべり演技するのを観客が見守るのと同じように、神とルシファーは、この世という劇場で人間たちがはかない闘争をしているのを観ているとしていました。この概念は、コーパス・クリスティ劇の核心ともいえるものです。

また、この概念は、後世にも影響を深く与えました。例えば、後にエリザベス朝のロンドンにできた劇場「ザ・グローブ」は、直訳すれば「地球」。このネーミングも、コーバス・クリスティの概念につながっているといえるでしょう。

宗教によって弾圧された演劇文化は、宗教の寓話とつながって、再び表舞台に立つことができるようになったのです。

んー。これも演劇の神様の気まぐれなんでしょうかね?


参考文献 「中世演劇の社会史」 グリン・ウィッカム著 山本浩訳  筑摩書房


(文・E)2004/12/20