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大陸演劇誕生記 〜地方演劇の王者、京劇〜

長い間、中国の演劇史を見てきましたが、やっとこさ京劇に辿り着きました。
京劇の起源にはさまざまな説がありますが、基本的には、地方劇にさまざまな要素が加わりながら発展してきたもののようです。

●清の時代に生まれた京劇

清の時代になると、ますます戯曲の作成が盛んになり、曲やリズムなども豊富になってゆきました。清の中期に入り、安徽(あんき)省にいた4つの劇団が次々に北京に進出し、成功を収めてゆきます。そして地方のさまざまな要素を吸収しながら新しい形を生み出してゆきました。そして、それが京劇の前身になったという説が有力です。

京劇は、清の時代に生まれたものの、舞台衣装や演目は明朝以前の漢民族の伝統的価値観を打ち出したものがほとんどでした。これは、清王朝が漢民族ではなく満州民族の支配下にあったことが大きな原因なのでしょうか。そのため、清末から中華民国にかけての民族意識覚醒の時流にのり、幅広い階層の人々に支持され、伝統を重んじる正統派の京劇として認知されてゆきました。

また、これに対して上海で活躍していた京劇は、革新性を追及するものが多く、地域によってもさまざまな個性を打ち出していました。この中では日本や海外で公演をし、名声を上げた梅蘭芳(メイランファン:女形の俳優)を輩出するなど、娯楽色の強いものとなってゆきました。

そして、中華民国から中華人民共和国になり、国の状況が大きく変わってゆく中で、中国共産党は文芸政策の要として京劇の改革に力を入れはじめました。新編歴史京劇「海瑞(かいずい)の免官」が文化大革命の発端となったり、現代京劇「紅灯記」が革命中の模範劇になるなど、政治的にも大きく絡んでゆくようになってゆきます。

革命後、開放路線の中でさまざまな大衆文化がうまれ、京劇は数ある娯楽の一つとして扱われるようになってしまいました。しかし、中華民族文化の象徴として中高年層のあいだでは、まだまだ根強い人気を保っているようです。

●京劇の特徴

元曲や昆劇に比べると、京劇は通俗的で娯楽性にとんだお芝居といえます。
本来の京劇は、緞帳や幕はなく、舞台装置は机と椅子くらいで非常にシンプルなつくりになっています。音楽も、旋律とリズムを刻む楽器があるくらいで、非常に小規模の楽団しか従えていませんでした。しかし、時代が進み西洋式の大劇場でも上演されるようになると、舞台装置も派手になってゆきました。

俳優は、「うた・せりふ・しぐさ・たちまわり」の4つの技能を完全にマスターされていることが必須です。役柄も、男性役の「生」、女性役の「旦」、顔に隈取りを描く男性役「浄」、道化役「丑」の4つに大別され、さらに細分化されています。昔は、全て男性だけで演じられていましたが、民国期から女優も舞台に上がるようになりました。

台詞は、階級の高い役がしゃべる「韻白」、庶民や道化役がしゃべる下町言葉の「京白」、田舎者の言葉を真似た「方言白」などに分かれています。韻白は、中国の人が聞いても、よほどの通でない限りは理解できないそうですが、現代京劇では現代中国語に近い言葉に置き換えることで、誰にでも分かるようにしているのだそうです。

現代になると、伝統劇からの若者離れが起こっているそうですが、京劇に関しては地方での愛好者が非常に多く、ちびっこ京劇コンクールや、アマチュアの団体が京劇の1節を演じるイベントなどが多く、今後も広がりを見せてゆきそうです。

これほどまでに伝統が重視され、楽しまれ続けるなんて、本当に素敵ですよね。日本の伝統文化も、新しい道を切り開いてゆけるはず!そんな勇気をもらえた気がします。


参考文献
中国情報局:http://searchina.ne.jp/guide/
中国民衆文学史:http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/020607.html
京劇城:http://home.hiroshima-u.ac.jp/cato/KGJ.html


(文・O)2006/1/23