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<最終回>ニッポンの演劇の過去・未来 〜アングラから現代へ〜

●時代の流れ

戦後、「アメリカに追いつけ追い越せ」をモットーに、がむしゃらに走り続けてきた日本。50年代の高度経済成長を生んだその力は、今からは想像も付かないほどの頑張りに支えられていたことでしょう。アメリカ式の生活様式に大きな憧れを抱き、電化製品が家庭にあふれてゆきます。

バブル期に、時任三郎さんが「リゲイン」という栄養ドリンクを片手に、「24時間働けますか!ジャパニーズ・ビジネスマン!」と歌っていたテレビCMを覚えていらっしゃる方は多いと思います。戦後もやはり同じように働きずめサラリーマンを指して、「モーレツ社員」と言っていたそうです。テレビCMの世界では、「オー・モーレツ!」(丸善石油)が流行るほどでした。

しかし、がむしゃらに猛烈に働き続けた日本人の心に何かしらの疑問が浮かび始め、70年に入ってから、「モーレツからビューティフルへ」(富士ゼロックス)とういCMへ以降してゆくことからも、社会の流れが伺えます。

この流れは、世界的規模でも生じていたようで、政治や社会、文化の変革を求める動きが高まってきていました。この頃に現れたのが、小劇場運動の第1世代である「アングラ演劇」です。

●アングラ演劇

新劇の盛り上がりが終わりに向かい始めた60年代半ば、戦後に形成された社会に対する不安や疑問がわき始めてきた頃、「アングラ演劇」と呼ばれる活動が始まりました。

「アングラ」とは、まさしく「アンダーグラウンド」の略で、アメリカの西側から世界に波及していった地下運動、反体制運動、反商業主義の前衛運動・実験芸術などを指す言葉です。日本の演劇の世界でも、既存の枠を打ち破る新しいものを求める動きが高まり、「アングラ演劇」と総称される小劇場運動が大きな盛り上がりを見せ、特に若い世代を中心に求心的なエネルギーを持ってゆきました。

当時を代表する劇団としては、寺山修司の天井棧敷、唐十郎の状況劇場、鈴木忠志の早稲田小劇場、佐藤信の黒テント、串田和美の自由劇場があります。

自由劇場は、旗揚げする前に劇場を持つことを目指し、水浸しの床、コンクリートうちっぱなしの小さな空間に幕を引き、可動式の座席を作り、どうにか劇場空間をこしらえました。地下にある劇場なので、「アンダーグラウンド・シアター<自由劇場>」と名づけ、これがこの時代の小劇場演劇が「アングラ演劇」と呼ばれる一因となったとも言われています。

彼らの演劇活動は、旧態然とした新劇に対して全く異質な世界を創造し、演劇の構造を変えようという強い意志を持って始まりました。照明機材や音響機材なども完全には揃わないような場所でも公演を打ち、リアリズム演劇の枠を破り、「役者」という肉体だけで芝居を作り上げてゆきました。寺山修司は「書を捨てよ、街へ出よう」と説き、唐十郎は「戦後の若者は何もやっていない」と若者に訴えました。

特に、唐十郎は「特権的肉体論」や「河原乞食」を演劇の原点に定め、新劇や欧米文化のリアリズムを批判していました。演劇は「日常」の延長にはなく、現在と関係しつつ「非日常」の世界を創出するものとして、それをテント芝居で実現して見せました。

アングラ演劇の俳優や演出家たちは、常に自分たちの舞台に理論を持ち、それを打ち出すことに真剣でした。舞台をやるからには舞台の職人になるべきだとして、常に芝居のことだけを考え、日本の演劇を変えようと活動を続けました。60年代後半は、学生闘争時代の真っ只中ということもあり、多くの若者は彼らの舞台に感銘を受けていたようです。

しかし、70年代に入り、学生闘争も終わり、アングラ演劇に総称されていた小劇場運動は、少しずつ薄れてゆきました。自分たちの理念を戦わせ、演劇業界内で喧々諤々と論争するような人々は減り、「小劇場演劇」とよばれる緩やかな活動へと変わって行ってしまったのです。

●現代の演劇

現代での小劇場演劇とは、かつてのような思想や理念を持つことはほとんどなく、小さな劇場で公演することから始まった劇団を指すようになりました。たとえ、それが商業演劇の分野に移行してゆこうと、出発が小劇場演劇であれば、その集団は「小劇場」と言われるのだそうです。

小劇場の有名な劇団といえば、野田秀樹の夢の遊眠社、鴻上尚史の第三舞台、成井豊さん、加藤昌史さんらが中心の演劇集団キャラメルボックスなどがあります。彼らは、ちょうど小劇場の第3世代と呼ばれ、70年代後半から80年代を中心に全国に小劇場ブームを巻き起こしました。表現方法も非常にさまざまで、ナンセンスなものもあれば、シチュエーションをたくみにつかったコメディーもあり、近未来や架空の世界を舞台にした作品が多く見られます。

21世紀の現在、日本ではもう小劇場とかアングラとか新劇とか、あまり大きな区別は見られなくなってきました。かつて、神への祈りとして始まった演劇という行為が、時には政治や思想と深く結びつき、時にはエンターテイメントとして人々の心を癒し、たくさんの時代を経てきました。

現代の演劇活動に対して、思想や理念を持っている集団はどれほどいるのでしょうか。
特別、政治や宗教、思想に結びつく必要があるとは考えませんが、やはり、自分たちのポリシーは確実に持つ必要があるでしょう。演劇観劇人口の低下が叫ばれて久しい昨今、いったい何がそうさせているのか、歴史の中からヒントを見つけてゆくことが出来るのではないかと思います。

参考サイト:ウィキペディア http://ja.wikipedia.org/wiki/演劇の歴史

(文・O)2006/6/19