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閑話休題 〜 ドラマティックな人生って?

たとえば今、ホリエモンさんは獄中にあってどんなことを考えているのだろう?アネハさんは、我が身に起きた事態をどう思っているのだろう?そしてはたまた、彼らの家族はどんな気持ちで周囲と接し、毎日を過ごしているのだろうか、などとふと想うことはありませんか?

人生は筋書きのないドラマだと言われます。ドラマティックな人生という言葉もあります。この人たちの、これまでの「起・承」があっての「転」は、この先の人生にどんな「結」を見るのでしょう?

「転」は転落の転ではけっしてないこと、言うまでもありません。このシリーズではこれまで25人を紹介してきました。教員を辞めて演劇の道を歩いている人、逆のコースで教員になった人、地域に演劇に親しむ場をつくって子育てをしようとする人、いわゆる障害児・者も一緒になった演劇活動をしている人、海外からの紹介に貢献している人、国際交流に演劇を活かしている人、出版をとおして演劇文化の普及に尽くしている人、大学で学んだ演劇を生かそうとしている人、等々です。

いずれも、社会に演劇環境をつくろう、演劇文化を広めよう、生活のなかに演劇芸術を取り入れよう、という思いや考えで行動している人、そういう人生を歩んでいる人たちです。この人たちのどこが、なにがドラマティックなのでしょう?このあたりで一度考えてみようと思います。というわけで、今月は閑話休題「ドラマティックな人(生)とは」について、です。

そもそも「ドラマティック(ドラマチック)」とは?と辞書を引いてみると、たとえば『国語大辞典』(小学館)にはこうあります。

− 現実ばなれしていて、感動的・印象的である。ドラマチカル。劇的。

では、「劇的」とは?と引くと、

− 演劇らしい要素のあるさま。演劇を見るように緊張したり感激したり印象づけられたりするさま。ドラマチック。

これまで登場していただいた25人はいずれも、演劇にプロとして関わっている人ではありません。しかしそれぞれの現在の姿・活動は、演劇文化の第一線の担い手です。とりわけ、子どもの時から演劇にふれることに意義があると考えて、子ども自身が演じる(表現する)・観るという演劇教育や児童青少年演劇に関する活動をしている人たちです。

どの人にも、強い意志が感じられます。が、初めから確たる目標を決めてまっしぐら、というのともちょっと違うようです。子どもの頃に、将来何になりたい?と学校や家で聞かれたことはないでしょうか?振り返ってみると、今そのとおりになってはいなくても、それほど遠くないところにいると思うことはありませんか?

この人たちの半生も「筋書きのないドラマ」です。が、伏線は引かれていたようです。それを「転」にしたものは意志の強さだと言えそうです。それが感動や感激、印象を生むのでしょうか。だれの人生も、ドラマティックになる可能性があるということですね。


(文・日本演劇教育連盟・市橋久生)2006/2/6