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〜エキスパートが語る演劇ワークショップの未来〜


インタビュー第5回
「正直、ワークショップなんてバカバカしい?!」
(世田谷パブリックシアター 川島英樹さん)

国内外の優れた舞台をいち早く取り上げて、「公共劇場」の最先端を走る世田谷パブリックシアター。今年からは狂言師・野村萬斎さんを新たに芸術監督に迎え、さらに注目を集めています。

この劇場の大きな魅力は、全国でも類を見ないほどに充実したワークショップ・プログラムにあります。

中学生向けのワークショップ「演劇百貨店」や、芝居づくりにフィールド・ワークを取り入れた「地域の物語ワークショップ」、英国ロイヤル・ナショナル・シアターを招いての教師向けワークショップなど、世田谷パブリックシアターでは、さまざまなニーズに対応する魅力的なワークショップを次々と発信しています。

これらのワークショップを企画しているのは、学芸担当の川島英樹さん。劇場のコンセプトやワークショップの企画の裏話をお聞きしました。




はじまりは、人と人との「情報センター」をつくることから… 
                    
〜世田谷パブリックシアター、誕生の舞台裏〜




川島さんは、どんなお仕事をされているんですか?

世田谷パブリックシアターには、音響や照明など舞台技術を管理する「技術」と、劇場の運営全般を行なう「制作」の2つのセクションに分かれているんですけど、僕はその「制作」の中の「学芸部門」というところを担当しています。
「学芸部門」というのは、主に教育普及・研究などを行なう部署で、演劇や劇場の活動を、広く世の中に知ってもらうためのイベントを企画し、これから先、劇場をどう展開させてゆくかを模索・提案していくセクションなんです。その中で、今は特に子どもや地域に関わる企画を中心に行なっていますね。

プロデューサーと言ってしまうとかなり偉そうで嫌なんですけど(笑)、ワークショップなどの企画を立て、進行役を誰にするか決め、告知していく。そうした作業全般を行なう裏方仕事と言ったところでしょうか。
          


ワークショップを始めたのはいつ頃ですか?

この施設は1997年4年にオープンして、今年で6年目を迎えるんですけど、実はここを作る前の準備段階から、プレイベントとしてワークショップを行なってるんですよ。活動を実際にスタートさせたのはもっと前の1989年からですね。

そもそもこの施設は、三軒茶屋の土地開発に絡めて、ここに「情報センター」を作ろうという構想からスタートしているんです。「情報センター」というのは、さまざまな区民活動や口コミ情報などが集まったり、人や情報が集まったりしてほしいという場所です。

今でこそインターネットがそれに近い役目を果たしているんですけど、その頃はインターネットなんて考えもしない時代でしたから、情報交換といっても今のようなバーチャルなものではなく、人と人とが実際にその場でコミュニケートするというイメージが強かったんです。

そして、そのイメージは、実はワークショップとかなり近いものがあったわけです。

だから、最終的にここに劇場を作ろうという話になったときには、作品を見てもらうだけではなく、人が参加し、交流できるワークショップ的な事業をやっていこうという方針がかなり明確にあったんですよ。




つまり、初めからワークショップをやることを目的に作られた?

そういうことになりますかね。

でも、初めてワークショップをやった時は、ワークショップという言葉自体ほとんどの人が知りませんでしたからね。いろいろ大変でしたよ。
今でこそ、ワークショップをやると言えば、演劇や教育方面に興味のある人なんかが、わりとたくさんいらっしゃいますけど、その頃はワークショップがどんなものなのかもわからなかったので、集まってくるのは好奇心旺盛な、一クセも二クセあるような個性的な人たちばかりで(笑)。

そういう意味では、当時のワークショップは今のとは違った、かなり独特な雰囲気がありましたね。




「うどん」から、「演劇」?? 
    
ユニークな企画は、どこから生まれる?




これまで企画されたワークショップで、思い出深いものはありますか?

どれも印象には残ってはいるんですけど、「これは!」というのは、ひとつはっきりしてます。その名もズバリ、
「うどんから演劇」(笑)。


子ども向けの2日間のワークショップだったんですけど、1日目はみんなでひたすらうどんを作るんです。小麦粉をこねるところから子どもたちでやってね。で、それをみんなで食べる。そして、2日目にはその体験をお芝居にするんです。

楽しいですよー、これは。まず、うどんを作るっていう共通体験が子どもたちにありますから。だから何かものを作るにもお互いのコミュニケーションが非常にスムーズなんですよ。もう、大いに盛り上がりましたね、このワークショップは。

実はこのワークショップが大変好評だったので、その後も「すいとんから演劇」「豆腐から演劇」と続編ワークショップを次々とやっているんです(笑)。


そうしたユニークな企画は、どのようにして考えるんですか?

企画を考えるのは、僕を含め8人でやっています。年度の大きな方向性や枠組みはみんなで決めて、後は担当になった人が、それぞれアイディアを持ち寄って企画を立てていきます。

僕の場合、自分が企画したワークショップはだいたい当日も見ているんですけど、そこでニーズを肌で感じることが多いですね。

見ていると、参加者の皆さんの表情とかから、実際にどう感じているかとか、ワークショップをどう必要としているかが、彼らと直接しゃべらなくても自然と見えてくるんですよ。そこで、こんなことをやればもっと喜ばれるんじゃないかとか。そんなことを思いますね。

でも、あまりにもワークショップを見ている時間が長いので、まわりからは「いいかげんにいつまでもそうやって見ているのはやめなさい!」なんて、言われちゃったりもするんですけど(笑)。




最初は正直、バカバカしい!と思いましたよ(笑) 
             
   〜川島さんのワークショップ体験談




川島さんはワークショップに参加された経験はありますか?

ええ、参加したこともありますし、今でこそほとんどやりませんけど、ワークショップの進行役もやりますよ。




え?進行役も自分でやるんですか?

でも、この劇場内ではやりませんよ。他人の仕事を奪うことになりますから(笑)。

僕自身がワークショップに参加したのは、この劇場で初めてワークショップを行なった1989年の頃ですね。というのも、それまでワークショップの経験なんて全くなかったので、僕自身どんなものかもわからなかった。だから、その頃は企画する側でありながら、参加者もやっていたんです。


ワークショップは、参加者が一番楽しいですね。で、次に楽しいのが進行役。そして、企画してそれをまわりで見ているって言うのは一番楽しくない!3つをやってみた経験上、これだけはハッキリしてます(笑)。



最初にワークショップを体験したときの印象は?


正直、最初はバカバカしいと思いましたよ(笑)。
もう“大人”でしたからね。まわりの人と手を繋いだり遊んだりする
なんて。

でも、その頃は、ワークショップなんて言葉すら誰も知らなかった
時代ですから、そういう照れや戸惑いは、参加する全員にあった
わけですよ。

今でこそ、皆さんすんなりと手をつないで何かやったりしますけど、
その頃は「なんでオレが手を繋がなきゃいけないんだ!」みたいな
雰囲気でしたからね(笑)。




そういう体験を通して、何か発見はありましたか?

もちろん。ただ馬鹿馬鹿しいっていうんじゃなく、ちゃんと意義を感じる部分はいっぱいありましたよ。

例えば、そこに参加したことでできた人間関係。これは学校の同級生とも違うし、会社の同僚とはもちろん違う。クラブ活動なんてのともちょっと違うんですよね。その独特の感じがとても面白いんですよ。実はその頃ワークショップで知り合った方の何人かとは、未だに親しくお付き合いさせていただいています。

また、ワークショップの場合、同じ内容のものをやるにしても、参加しているメンバーが変われば、またぜんぜん違ったりしてくるじゃないですか。飽きることがないんですよね。

いわゆる演劇的な方法論としてはどうなのかというところもあるかもしれないんですけど、「いろんな人が来て、いろんなことをやる」という意味では、本当に限りがない。それがとても面白いんですよ。




いつの日か「ワークショップ」はひとつのジャンルになる? 
         
               〜ワークショップのこれからはどうなる?




ワークショップをきっかけにして、区民の皆さんから新たな活動が生まれたりということはありますか?

もちろんあります。「むっちりみえっぱり」って劇団があるんですけどご存知ですか?
ガーディアンガーデンの演劇フェスティバルなんかにも出ている劇団なんですが、実は彼らはうちの高校生向けのワークショップに参加して出会ってた人たちでできた集団なんですよ。

彼らの中には、ここのワークショップがきっかけで演劇を始めたという人もいましてね。他にも、ワークショップを通じてできた自主サークルが、世田谷区の区民まつりに参加したりと、皆さんいろんなところで独自に活動されているようです。


また、人によっては、今やワークショップの進行役を務めている人や、この劇場でスタッフとして働いている人もいますし、参加当時、まだ中学生だった人が、今や、ある有名劇団の制作になっていたなんてケースもあります。

彼らにとって、ワークショップがひとつのきっかけになってくれたのであれば、とっても嬉しいことですよね。



「ワークショップ」は、これからどう変わってゆくと思いますか?

僕は、これからは、「ワークショップ」というものが、「演劇」や「美術」「音楽」なんかと同じように、ひとつの方法、ジャンルとして確立されてゆくんじゃないかと思うんですよ。

ワークショップには、その場でゼロから何かを作り出す、システム化されない自由さがありますからね。そこにはもの凄い可能性があると思います。

とは言っても、ワークショップというのは、あくまでひとつの方法であり、手段ですから、これで何をするかという部分では、今後ますます多様化していくでしょうね。







インタビュー後記


日本の先端を走る劇場の企画スタッフ。そんな先入観から、お会いする前はとても敷居の高い印象を持っていたのですが、実際お会いした川島さんは、ユーモアたっぷりでとても気さくな方でした。

「僕自身、こういうところで働いていなかったら、ワークショップをやってみようとは思わなかったかもしれない。はじめは、それくらい馬鹿馬鹿しいと思いましたよ」

そう言っていた川島さんも、今では1人のワークショップファン。自分自身が楽しみながら企画していることがひしひしと伝わってきました。

「ワークショップは、日常ではまずやらないような馬鹿なことをやる場所なんです。でも、それをみんなで一生懸命にやるから面白い!」そう言っては、ワークショップで知り合った人たちの話や、参加した子どもたちの体験談など、笑いを交えて楽しそうに話してくれました。

常にわかりやすく言葉を選びながら、自分の感じたことをストレートに言葉にしてゆく川島さん。決して大上段に構えるのではなく、常に一市民としての視点を忘れない。

魅力的なワークショップを発信し続ける世田谷パブリックシアターには、そんな川島さんの姿勢が活かされているのかもしれませんね。




2003/4/13


「キーパーソンに聞け!」では、今後もさまざまな方へのインタビューを取り上げてゆきます。ご意見ご感想、または「こんな人を取り上げてほしい」などのご要望などがございましたら、こちらまで、どうぞお気軽にお寄せくださ い。