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ブロードバンド part3 〜今、本当に求められているもの〜

2回に渡って「演劇とブロードバンド」、「教育とブロードバンド」の関係について考えてきた。ここで、もう一度「演劇」、「教育」の基本に立ち返ってみたい。

「演劇」とは、そもそも劇場に足を運び、人が実際に演じる姿や、その劇場を支配する空気の中に身を置き、舞台と観客との交流があってこそ成り立つ芸術。

一方、「教育」とは、教える人と教えられる人が相対し、互いの理解を確かめ合いながら進めてゆくもの。

つまり、どちらも「直接的な交流」があってこそ成り立つものなのだ。


●「演劇」と「ブロードバンド」の次の課題

演劇をテレビでの舞台中継で見て、多くの人が口にするのが、「やっぱり生の舞台の方が面白い」という感想だ。しかし、この感想は、実際に「生」を観たことのある人でないと「感じない」ものでもある。

2002年に出された「レジャー白書2002」によると、2001年の観劇人口は1280万人。この数字は、コンサートの2460万人、映画の4050万人を大きく下回る。

興行的には、海外招聘の作品や、人気タレントを起用した作品、劇団四季など、高額な公演への人気が高まっており、一人当たりの支出は増えている。しかし、その分、一種のイベントとして、年に1〜2回程度観るだけに留まり、気楽に観られる娯楽としての演劇の陰がますます薄くなっていると言える。

そんな中、注目され始めたのが「ブロードバンド」だ。自宅で気楽に観られるブロードバンドは、多くの専門技術者を集め、最新の技術を駆使して、「生」の舞台の臨場感を伝えるための工夫を凝らしている。

しかし、カメラが役者に寄り、クローズアップされた映像を放送した時点で、それは、まさに「映像」の作品であり、舞台と観客との「直接的な交流」がなされない分、「演劇」ではなくなってしまう、という理想と現実のギャップはなかなか埋めきれない。つまり、ブロードバンドは、あくまでも「放送」であり、新しい娯楽の1ジャンルなのである。

それは、演劇に興味を持ってもらうためにとても有効的なものであっても、演劇ではない。演劇は、この新しい娯楽に勝る「面白さ」を打ち出し、さらに磨き上げてゆかねばならないのだ。


●「教育」と「ブロードバンド」の次の課題

自宅にいながらにして授業が受けられるインターネット学校や、日本にいながらにして海外の単位が取得できるインターネットハイスクール。また、自分の住んでいる地域以外の学生や児童と交流できるオンライン教材。ブロードバンドを使って、新たな教育方法が次々と打ち出されてきた。

何らかの事情で学校に通えない児童にも、きちんとした学習を施せることで、その注目度は高い。しかし、実際に学校に通うことで得られる、学力以外の大切なものに、改めて注目したい。

学校では、同年齢・異年齢の児童・生徒が集い、色々な行事を通じて交流し、コミュニティを形成している。授業も、「国語・算数・理科・社会」といった学力重視のものだけではなく、「音楽・体育・美術」といった、見て、触れて、体験して初めてその素晴らしさを実感し、「心」を育ててゆく大切なものが沢山ある。

今、「総合的な学習の時間」で注目されている「生きる力を育てる」というテーマの上で、もっとも大切なものは、文字情報として送られてくる教養ではなく、人との関わりの中から生まれてくる「喜び」「怒り」「哀しみ」「楽しみ」なのだ。そして、それは実際に「見て、触れて、体験する」ことで得られるものであり、インターネットではなしえない。

もちろん、得意、不得意がある。感じ方にも、それぞれの個性がある。それは、1人1人の顔を見て接し、初めて伝えてゆくことができる、とても大切な授業なのである。そして、こういった授業の充実が、今後も大きな課題である。


「演劇」と「ブロードバンド」、「教育」と「ブロードバンド」、どちらも数年前では結びつくことすら想像できなかった関係である。どちらにおいても、ハード面は次々と進化し、新しい話題を振り撒きつづけている。

しかし、日常をより豊かに生きてゆく上で大切にしたいのは、ソフト面、つまり、「心」であり、「人と人との交流」ではないだろうか。改めて基本に立ち返り、「本当の演劇」、「本当の教育」というものを考えてみることも、大切なはずである。


(文・O)2003/7/14