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「俳優」である前に、「演劇人」たれ〜劇団キンダースペース〜

日本で活動している劇団は数限りなくあります。しかし、そのほとんどが一般に知られていないのが現状です。日本の演劇業界が、他のエンタテイメント業界、アート業界に比べ、マイナーであり続けているには、必ず、明確な問題があるはず―――。

このコラムでは、現在活躍している劇団に取材し、劇団の現状やそれぞれが抱えている問題点、演劇全体が広く社会に認識されるにはどうしたらいいのかなどのテーマを共に考え、演劇の魅力をより多くの方々へ知っていただくための方法を考察してゆきます。

第22回目の今回は、「劇団キンダースペース」です。

●劇団キンダースペース

1985年、リアリズムを主体にオリジナル演劇の製作と上演という目的をもって、代表の原田一樹を中心に結成。1988年、アトリエを開設。1990年よりアトリエ公演を開始。同時にワークショップも開催、地元での活動も展開している。

1996年よりは地域の小劇場劇団の自覚を持ち、演劇それ自体の普及と地元一般市民との交流を目的に、ひと月半に1度のペースでワークショップをアトリエにて開催。これまでにおよそ350名が参加している。

登演劇堂では町民劇団の結成から本年度の第五回公演まで、嬉野町ふるさと会館では第二回公演まで、企画・演出、また2003年、佐世保市100周年記念事業として120名の町民とともに市民ミュージカルの立ち上げを主導、実現した。


●代表の原田一樹さんにお話を伺いました

キンダースペースは、アトリエにおける創作活動をする一方、作家・演出家・舞台スタッフの育成や俳優訓練のためのエクササイズ、地域の公共ホールでのワークショップ、市民劇団立ち上げの指導などなど、より多くの地域の人々と演劇を共有し、楽しんで頂くための交流活動を活発に行っています。

そこで、キンダースペースの考えるワークショップとは何か?地域に演劇ワークショップを行うようになったきっかけや、その意義を、劇団の代表でもあり、作・演出を手がける原田一樹(はらだ・かずき)さんにお聞きしました。


Q・ 地方での市民劇団の立ち上げに多く立ち会っていらっしゃいますが、こういった活動のきっかけは何ですか?


人との繋がりですね。
石川県中島町の町民劇団は、もう6年続いてるんですが、人口の少ない、映画館もないような町にすごくいいホールが出来たんですよ。で、そこで無名塾のロングラン公演が始まったんです。また、同時期に地元の高校に演劇コースを作ろうという動きが高まったり、町民劇団を立ち上げたり、全てが同時に動いたんです。

ホールの側の自覚もあって、民間と行政とで一緒に力をあわせて演劇を進めてゆこうというスタイルが機能し始めたんですね。ホールの担当者が、一番先に演劇人の側から考えはじめたと言うか、意識を持って動き出したことで、僕らもそこに動かされていったという感じですね。


Q・ そういった地域演劇に携わる意義は何ですか?


地方じゃ、演劇よりもミュージカルが多いでしょ。簡単に人も集まるし、何より歌ったり踊ったりすること自体が楽しいし。

でもね、それだけじゃ良くなくて、僕達が経験したことはどういうことなのか、演劇というものは何なのか、演技をするということは他人になること、他人になるということは他人の目で何かを見ること、で、君は違ったものが見えたのか?君は違う世界を感じられたのか?他人になって、普段あまり持たない想像力をそこで使ったのかっていうことを、演劇を作っていく過程で確認してゆくことが大切だと思うんですよ。

そうすることで、世の中や自分の周りに対する興味が出てきたり、自分の中でも色んな発見があって、豊かになってゆけるんですよね。

スポーツの場合にもそういう面がすごくあるし、色んなものが発見されたりするんだけど、スポーツって選手になっちゃうんですよね。選ばれた人になっちゃう。演劇の場合は、一言しか台詞がなくても、一本の作品に参加することで、そういうことに気づけるし、通行人の役だけでも、そのシーンを稽古するためにはその人がいないとできない。全員が必要。

100mを15秒で走れるやつも1分かかるやつも両方必要だっていうのが演劇のいいところで、そういうことをお互いに確認しながらやってゆくことに意義があるんじゃないかな。

これは、僕らにも非常に役に立つんですよね。


Q・ というと、ご自分の劇団にどういう影響がありますか?


具体的に言うと、役者が自分のことを客観的に見られるようになった。
例えば、子どもの相手役をやるときに、自分の芝居が大事じゃなくなるんですよね。自分の芝居よりも、相手が台詞を言うにはどうしたらいいのか、相手から台詞を引き出すにはどう言葉を与えた方が相手に届くのか。全体を見ながら自分の居場所をちゃんと意識できる。

そういうことが成長しますよ。
だいたいね、「自分は役者だ!」ってい言ってるやつは“役者バカ”で、“役者バカ”と“バカ役者”は紙一重でね、まずは演劇のことを知らなくちゃ駄目なんですよ。演劇とは何なんだ、僕らが何をやっているのかわからなくて、ただ楽しいからやってるだけじゃ、結局苦しくなって、早々と辞めちゃうんですよ。

だから、演劇活動という自負を持てと、演劇人としての知識、智恵を持たなくて「役者だ役者だ」って言っても仕方ないんです。演劇的な智恵って言うのはワークショップを指導することが出来たり、他人に伝えられて初めて智恵と呼べるのであって、自分でこうやると格好よく見えるなっていうのとは別なものじゃないですか。

実際、そういうことで、ちゃんと生活ができるようになれば、決して演劇人として悪いことじゃないし、俳優として悪いことではない。ティーチングプロになれと言ってるのではなくて、演劇のことをもっともっと知れと、そのことで使ってもらえる場があるのであれば、それは演劇人として世の中に必要とされているということだと思うんです。


Q・ そうやって本当の演劇人が増えてゆけば、もっと発言できる場が増えてゆきますよね。


そう。だから、今若い劇団もいろんなワークショップをやってるけど、ただ楽しいだけじゃなくて、ちゃんと意識を持ってやって欲しい。そして、演劇人としての言葉を持って、それを行政や一般にも訴えてゆくエネルギーを持って欲しい。

ホールを使って、市民劇団の発表会をやろうとすると、「いつも使ってるコーラスグループが使うから、前日は空けてくれ」とか、「本番の午前中はホールを空けてくれ」なんていうところもあるんですよ。「クラシックの人はバイオリンだけ持ってきて、一人で手軽に1ステージやってくれたけど、演劇はどうしてやってくれないんだ」とかね。

でも、演劇に関わっていない人には、そういうことが分からない人は多いんですよ。そういう人たちに、ちゃんと訴えてゆける演劇人にならないと。

また、それ以前に、演劇人としても演劇のことを知らない人たちが非常に多いように思いますね。チェーホフを知らないなんて可愛い方で、シェイクスピアすら知らない若い劇団があるくらいですから。自分たちの友達に見せて、それで満足してるんじゃないかと思ってしまう。

そういうところでも、もし、助成金をもらうようになれば、それは国の税金をもらって演劇活動をしていることになるわけですから、演劇人としての公共性を問われているということです。自分たちのしていることがどういうことなのか、自ら分析して語れる言葉を持って欲しいですよね。


Q・ こういったワークショップを継続してやってゆくためには、やはり経営の問題ははずせないと思うのですが…。


苦しいですよ。不動産は借りるもんじゃないですね(笑)
公演赤字に対する助成よりも、場所を持ってることに助成してくれるといいのに。アトリエを持って、その場所でこれだけの実績を上げた、とかいうのに対して、じゃ、この先10年間家賃を持ちましょうとかね。

平田オリザさんなんか、アゴラで画期的なことやってるでしょ?レンタル料を取るんじゃなくて、逆に制作費を出してくれる。ああいうことを、もっと全体でやらなきゃ駄目だよね。どうせ助成金を出すなら、不動産屋に家賃を払うために頑張るんじゃなくて、純粋に芸術のために頑張れる環境を作るための助成をしてくれるとね。

そして、若い劇団がそういうことをもっと訴える理屈とエネルギーを持たないといけないんですよ。稽古場だってホールだって、お金出せばどこだって借りられる。赤字も自分たちで背負ってるわけだから、何をやってもいいだろう、っていう無責任が生まれてきちゃう。でも、それじゃ芸術性なんか高まらないし、客観的な蓄積も持てない。公共性だって自覚できないですよね。


インタビューの中で、「演劇という芸術を創るということと、演劇の豊かさを伝えるということを切り離して考えなければいけない」「俳優である前に、演劇人であれ」と、原田さんは何度も強調しておっしゃいました。

クリエイターとして芸術性を高めるために生きることは当然ですが、「なぜ人々は演劇という嘘の世界を求めるのか?」、「なぜ演劇が世の中に必要なのか?」ということを考え、伝えてゆく「演劇人」として生きることも必要です。これをごちゃまぜにしてしまうと、自分の芸術性だけをただ押し付けることになってしまうし、何よりも、演劇そのものの良さが失われていってしまうでしょう。

「自分は役者だ!」と胸を突き出す人はゴマンといます。
しかし、「自分は演劇人だ!」と胸を張れる人は、どれだけいるのでしょうか――?


劇団キンダースペース ホームページをご覧下さい。
ワークショップ情報が盛り沢山です!
 >>>http://www.kinder-space.com/index.html

(構成/文・O)2004/8/23