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目標と戦略と粘り強さを!! 〜拙者ムニエル〜

日本で活動している劇団は数限りなくあります。しかし、そのほとんどが一般に知られていないのが現状です。日本の演劇業界が、他のエンタテイメント業界、アート業界に比べ、マイナーであり続けているのには、必ず、明確な問題があるはず――――。

このコラムでは、現在活躍している劇団に取材し、劇団の現状やそれぞれが抱えている問題点、演劇全体が広く社会に認識されるにはどうしたらいいのかなどのテーマを共に考え、演劇の魅力をより多くの方々へ知っていただくための方法を考察してゆきます。

第35回目の今回は、「拙者ムニエル」です。

●「拙者ムニエル」

1994年、早稲田大学生を中心に結成されたナンセンスギャグ劇団。独特のポップで軽やかなステージングで若者層を中心に圧倒的な人気を博し、2001年には「絶叫家族」にて本多劇場進出を果たす。

キテレツなキャラクター達が次々と繰り広げる笑いシーンの数々が、予測不可能なクライマックスに向かって疾走する独自の劇構成で、新しい「笑いのある演劇」の形を模索している。

また、他に類を見ないオリジナリティ溢れる演劇祭を自らプロデュースした「猫演劇フェスティバル」(00年)や、日替わりゲストや豪華執筆陣を多数招いたお祭り企画「KING&QUEEN&JOKER」(01年)、隣り合う2つの劇場を同時に使用し、全く異なる2作品の完全同時上演に挑戦した「愛のいったりきたり劇場」(02年)など、従来の公演形態にとらわれないユニークな公演にも定評があり、その企画力は小劇場界において他の追随を許さない。

2002年には「裏拙者」シリーズをスタート、本公演とはひと味違う、ライブ感溢れる「笑い」の形を追求している。

●劇団プロデューサー内藤利恵子さんにお話を伺いました

今回は、「拙者ムニエル」を製作している有限会社ナイロビの代表、内藤利恵子(ないとう・りえこ)さんをお迎えして、劇団のこれまでの歩みについてお話を伺いました。

Q・ もともと早稲田大学で学生劇団として旗揚げをされたわけですが、プロとして続けてゆこうと決心されたのには何かきっかけがあったのですか?


初めは自分たちのお楽しみ会のような感覚で始めたんですが、4年生になって進路を決めなければいけなくなった時にすごく悩みました。劇団自体は少し売れ始めていて、雑誌などでも取り上げられるようになってはきていましたが、勝負できるという確信はありませんでした。で、1年間保留しようということになって、皆で留年したんです。(笑)

結果、就職することを決めて辞めていったメンバーもいましたが、ムニエルでやってゆく決意を固めたメンバーが残って、再スタートをきることになったんです。まだやることがある筈だという気持ちがメンバー一人一人に強くあったんだと思います。

そして、卒業して下北沢の駅前劇場でやるようになって、公演ごとに動員も増え、他劇団との繋がりもできてきて、徐々に手応えを感じ始めて行きました。ここで、グンと成長した感じがありましたね。

Q・ 既存の事務所に所属する俳優や劇団が多くいらっしゃいますが、自分たちで製作・マネジメント会社を設立されたきっかけは何ですか?


下北沢で公演をするようになってから、他劇団の客演として良い役をいただいたり、雑誌や映像のお仕事をいただいたりするようになって、劇団員各々に“仕事”という意識が芽生えてきたんです。

ただ、それを支えるシステムがなくて、対外的にも内部的にももっときちんとした体制を整える必要があると感じたんです。それで、私のほうから主宰の村上に会社としてきちんとシステムを作りたい、マネジメントとプロデュースをしっかりとしたいと打診したんです。

そして、3年前に法人化しました。今は拙者ムニエルを中心とした演劇公演の企画・製作と所属タレントのマネジメントを中心に活動しています。

Q・ 仕事と言う意識が生まれてきたきっかけは何かあったのですか?


特に大きなきっかけや出来事があった訳ではないです。いろいろなお仕事をしてゆく中で、自分たちでいっぱい失敗して、痛い想いをして、徐々に意識し始めたんです。長い時間がかかりましたけどね。

ムニエルや小劇場以外の現場に出てゆくことで、諸先輩方との実力の差やキャリアの差を思いっきり実感して、自分たちの力のなさが悔しくて…。でも、それが「もっと頑張ろう!」というモチベーションに繋がってゆきました。仕事の厳しさをそうやって学んでいったんです。

Q・ 主宰の村上大樹さんは、ENBUゼミなどで次の世代の演劇人を育てるお仕事をされていらっしゃいます。また、ムニエルさんでも新しい役者さんを育てることがあると思うのですが、若い世代と接していて何か感じることはありますか?


私たちもたくさん痛い思いをして自分たちで学んできたので、今の人たちにもそうあって欲しいし、「教えて!」とぶつかってきて欲しいと思いますね。

今はネットが普及しているせいか、すぐに情報が出回って、あっという間に売れてゆく機会が多いと思います。

私たちの頃は、人気が出るのにも時間がかかったし、粘って粘って、どうにか生き残ってゆく戦略を練らなければいけない環境だったので、それが今の力になっている部分が大きいと思うんです。なので、若い人たちにももっと粘って欲しいと思いますね。

Q・ 次の世代の演劇人にとって、一番必要なものは何だと思いますか?


早く現実を知ること、でしょうか。
若い頃は夢がいっぱいで、演劇について熱く語ったりするでしょ。
そんなピュアな心を持っていられる時期が、きっと一番楽しいと思うんです。でも、いざ仕事となるとそうはいきません。夢の先に待っているのは本当に厳しい現実なんですよね。きっと一生楽になることなんてないです。

その事を早く知って、自分はその中で何をしたいのか、その中で生き残ってゆくためには何が必要なのか、“目標”と“戦略”を常に練り続けて行ける“粘り強さ”を身に着けて欲しいですね。

Q・ 拙者ムニエルでは、どんな戦略を立てていらっしゃるんですか?


年に1〜2回の拙者ムニエルの公演をとても大切にしています。
自分たちが一番やりたいことを発信し向上してゆく場でもありますし、マネジメント的には、写真を貼った履歴書を配るよりも、俳優の魅力を生でアピールできる場でもありますからね。

また、お客さんを飽きさせない企画を常に考えています。フェスティバルなどの大きなプロジェクトから、公演ごとのテイストの違いなど、「次は何をやってくれるんだろう?!」という期待を持ってもらえるように、常に試行錯誤しています。

長く続けてゆく中で、マンネリ化してお客さんに飽きられてしまっては、元も子もないですからね。これからも、色々な企画を展開して行きたいですね。


演劇との関わり方は、人それぞれです。趣味、娯楽、自己啓発、仲間作り…。
演劇を好きになり、その世界に身をおくことはとても有意義なことです。しかし、いざ「仕事」として金銭が発生し、社会との関わりが大きくなると、ただ楽しいだけではなくなるのは当然です。世の中、苦しくない仕事なんてないですからね。

でも、その苦しい現実の中で生きて行くには、モチベーションを保ち続ける為の“目標”と、それを実現するための“戦略”、そして決して投げ出さない“粘り強さ”が必要になってきます。これは、演劇に限らず、全ての仕事に当てはまる当然のことです。

その事に早く気付き、動き出したからこそ、現在の活躍があるのでしょうね。この取材を通して、改めて仕事をしてゆくための大切な基礎を教えてもらったように思います。


「拙者ムニエル」公式ホームページ  >>> http://www.sessya.com
(構成/文・O)2005/9/26