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変化を求めて突き進む 〜かもねぎショット〜

日本で活動している劇団は数限りなくあります。しかし、そのほとんどが一般に知られていないのが現状です。日本の演劇業界が、他のエンターテイメント業界、アート業界に比べ、マイナーであり続明確な問題があるはず――――。

このコラムでは、現在活躍している劇団に取材し、劇団の現状やそれぞれが抱えている問題点、演劇全体が広く社会に認識されるにはどうしたらいいのかなどのテーマを共に考え、演劇の魅力をより多くの方々へ知っていただくための方法を考察してゆきます。

第38回目の今回は、シアターグループ「かもねぎショット」です。

●シアターグループ「かもねぎショット」

高見亮子作の「演劇」作品と、振付家・伊藤多恵が演出する「ダンス」作品を二本柱に、オリジナル創作を続ける集団。

演劇という枠組みにとらわれず、ダンス・パントマイム・歌・台詞を自由奔放にあやつる『婦人ジャンプ』シリーズなどのダンス作品は、「他で見ることのできないエンターテイメント」として人気。

また、高見作による演劇作品は、独自の不条理な世界が「知的な刺激に満ちた舞台」(西堂行人氏)、「虚実のあわいを描く際のユーモラスな手つきが愉快」(豊崎由美氏)、「とんでもない翔び方をしている傑作」(八木忠栄氏)など、高く評価されている。

演劇作品、ダンス作品いずれも、市井の人々を等身大に描きながら、日常に潜むドラマを様々な角度から掘り起こして独自の焦点を当てる作風。その現代を生き抜く「生活者」たちへの人生賛歌は、世代を超えた共感を集めている。

●代表の高見亮子さんにお話を伺いました

お芝居の中に「ダンス」を取り入れるのではなく、「演劇」作品と「ダンス」作品の両方をこなすことの出来る劇団はなかなかないのではないでしょうか。

どちらの作品群にも、きどらずに人間を等身大に捉えた雰囲気が漂うかもねぎショット。その全作品を手掛ける代表の高見亮子(たかみ・りょうこ)さんに、身体表現のこだわりと今後の展望をお伺いしました。

Q・ 演劇作品とダンス作品の2本柱でスタートしたきっかけは何ですか?       


かもねぎショットは、86年に多田慶子が立ち上げた集団で、ダンサーでもあった多田は、当時からダンス公演や演劇公演、それから多ジャンルを集めたイベントなどを企画していました。

多田も私も、もともとはSCOTという集団に在籍していたんですけど、89年に、やはりSCOTを辞めた木内里美が多田と二人芝居の稽古を始めたんです。私も同じ年にSCOTを辞めていて、二人の稽古を観にいくようになり、3人で活動することになりました。初めての作品は演劇作品でした。

二本目に何をやろうか、という話になったとき、多田が「次はダンス公演をしたい」と私と木内に言ってきたんですね。私も木内も全く踊りは出来ないので、多田としては私たちがキャストに入っていないということを伝えたかったみたいなんですが、その言葉の真意を全くくめずに、2人ともやる気満々で稽古場に行ったんです。

多田は二人におされて、まあじゃあ何か踊ってみるか、と始まったわけですが、多田は、二人の“踊り”とは程遠い動きに口をあんぐりあけてそれから大爆笑。たぶん、踊れない人間が必死に踊ろうとしている姿が面白かった、ということなんでしょうけど。で、これはいける!ということになって、半年間かけて稽古しながら作品を作りました。

それが代表作の「生活ダンス」シリーズの始まりだったんですが、ここからダンス公演と演劇公演に共通する「かもねぎ」色が見えてきた感じです。

Q・ 演劇作品にもダンスが入っていることが多くありますが、何か身体へのこだわりというのはあるのですか?


あまり、「ダンス」という認識はなくて、いわゆる独立したダンスシーンをとりいれたこともなくて、ともかくからだをいっぱい使いたいというところからスタートしています。からだは、頭より賢いと思うんですよね。からだで覚えた感覚は何度でも再現できますから。

あと、「生活ダンス」シリーズで演出もお願いしている振付家の伊藤さんの影響もあります。すごく簡単にいうと、「からだは外からの影響を受けて成り立っているものだ」という考えなんですけど。

演劇作品の中で踊るとしたら、日常の中で必然的にでてくる踊り。逆に「生活ダンス」シリーズでも台詞をたくさんしゃべったりするんですけど、演劇、ダンスどちらの作品でも、台詞にするか、動きにするか、ふさわしいほうを選んでいる、という創り方です。腹が立ったら力を込めて鍋を磨き続けるとか、夜中に鏡の前で猛烈にパッティングをしたあと、ハッと我に返ってまじまじと自分の顔を見るとか。そういうことは、言葉で表現するより、断然動きの方がふさわしい。

そういう個々の感情の他にも、例えば「世間のこわさ」を表すときに、悪口の会話をいっぱい並べると説明的になっちゃうけど、群集心理を象徴するダンスにすると、よりリアルで、ダイレクトに伝わったりする。

「ダンス」と聞くと、どうしても音楽に合わせてスマートなダンサーが美しく踊るっていうイメージがありますが、そうじゃなくて、身体全体を使った表現という意味で、舞台に必要な1つの表現要素だと思っています。

Q・ 来年で、創立20周年、高見さんの入団から17年になりますが、今後の展望は何かありますか?


今まで助成金で公演費用をまかなってきていたんですが、そうすると年に2回、そこそこの大きさの会場で公演を打つ、というのがルーティーンワークになってきて、それが自分たちのペースとはずれてくることもあります。定期的に作品を作り続けてゆくことはとても大切なことですが、それだけでいいのかな…?っていう疑問をいつも抱えているんですね。

それで、いわゆる助成金レールの上に乗らずに、気負わずに好きなだけ時間をかけて創作する期間を持ちたいと思っています。

また、ずっと多田と共同創作をしていたのですが、2003年に、多田が出演のみで創作活動からは抜けたので、私1人での創作活動になったんですね。それによって、作品のカラーも変わってきたりしているので、また1つの壁を乗り越える時期が来ていると思っています。まだまだ、試行錯誤の期間ですね。

Q・ 今後の演劇界に何か望むものはありますか?


今は落ち着いてきましたけど、一時期プロデュース公演がすごく多かったでしょ。私は、それがどうしても好ましく思えなくて。人それぞれですし、そのことが悪いとは思いませんが、メジャーになりたい、いつか映像の世界で活躍して世に出たい、今はその為の舞台、っていう意識の人も多かったように思うんです。

でも、それではその役者さんが舞台に立たなくなったら、お客さんも舞台に足を運ばなくなるわけで、観客の裾野を広げることには全く繋がらない訳なんですよね。

だから、本当に舞台が好きな人に舞台をやって欲しい。もしかしたら、初めて舞台に足を運んだ人がいるかもしれない。そういう人に舞台ならではの魅力を責任を持って伝えられる人にやって欲しい。ずっとそう思っていました。

でも、最近は新しい若手の劇団が増えてきて、各々のカラーを持って活動をしているので、次の動向を楽しみに見ています。演劇界の動きって、意外と早いですからね。新しい波が来ることを期待しています。

長く続けてゆく中で、それぞれが家庭を持ったり、生活上の都合で創作活動に携われる時間が少なくなってきたという高見さん。メンバーもそれぞれの道を歩み、立ち上げ当初からの劇団員は高見さん1人になってしまいました。それでも続けてゆくのは、いつも完璧に納得できるものができないからだそうです。

劇団内に訪れた環境の変化の波と、自ら求め始める劇団自体の活動の変化の波。この2つの波を乗り越えながら、試行錯誤を続けるかもねぎショット。2月には、「新春増刊」と銘打ち、本公演とは違った少人数の新作公演を控えているそうです。

立ち上げから20年を迎える2006年。これからどんな変化をしてゆくのか、期待してみてゆきたいと思います。


☆★☆★ かもねぎショット 公演情報 ★☆★☆

 「Circle Dance」

 日程:2006年5月25日〜28日
 会場:シアタートラム

詳細は、かもねぎショットホームページにて随時発表いたします。
  >>> http://www.jah.ne.jp/~kamonegi/

(構成/文・O)2005/12/26