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演劇で作る日本の未来 〜東京オレンジ〜

日本で活動している劇団は数限りなくあります。しかし、そのほとんどが一般に知られていないのが現状です。日本の演劇業界が、他のエンターテイメント業界、アート業界に比べ、マイナーであり続けているのには、必ず、明確な問題があるはず――――。

このコラムでは、現在活躍している劇団に取材し、劇団の現状やそれぞれが抱えている問題点、演劇全体が広く社会に認識されるにはどうしたらいいのかなどのテーマを共に考え、演劇の魅力をより多くの方々へ知っていただくための方法を考察してゆきます。

第49回目の今回は、劇団「東京オレンジ」です。

●東京オレンジ

1992年早稲田大学演劇研究会にて旗揚げ。「身体の衝動の連続こそが真の物語である」というシアタースポーツ的な発想をモットーに、継続的な身体訓練を行いながら、体系的なインプロヴィゼーションとディバイジングメソッドを用いた集団創作によって、東京の新しいポップスタンダードの確立を目指す。OBに映像等で活躍中の堺雅人(現在は不定期に参加)がいる。

●主宰の横山仁一(よこやま・きみかず)さんにお話をうかがいました

おしゃれでポップなステージに定評のある東京オレンジ。2002年からはインプロのステージを毎年行うなど、劇団としての活動の幅を広げる一方、教育分野にも力を注いでいらっしゃいます。今回は、主宰の横山さんに、芸術家が教育に参加する意義と今後の展望についてお伺いしました。

Q・劇団の旗揚げのきっかけは何ですか?


もともと、僕はとある劇団で俳優をやっていたんですが、そこが解散してしまったんです。卒業も決まり就職活動も終わった時期だったので途方にくれましたね。そんな時、とある方の一人芝居を観て衝撃を受けたんです。俳優一人でも、意志さえ持っていれば何かが出来るんだと思いました。

そこで、他の俳優メンバーと一緒に旗揚げすることにしたんです。でも、演出家も脚本家もいない俳優集団でしたから、初年度の公演はことごとく惨敗でした。

93年に、早稲田大学演劇研究会同期の紹介で、ホリプロミュージカルのステージに出演させて頂いたんですが、そこで第三舞台の勝村さんに出会って、すごく叱咤されました。「何となくやるんなら、演劇なんてやめちまえ!」ってね。毎晩のように飲みに行って、懇々と話をされました。それで初めて、演劇と言うものを真剣に勉強し始めたんです。目が覚めたというか、とにかくショックでした。

演劇史や思想史から始めて、どんどんと意識が変わってゆきました。そして、「演劇でしかできないこと」に対するこだわりを持つようになって、俳優をやめて演出に集中するようになったんです。


Q・ 年に2〜4本のハイペースで公演を行っていらっしゃいましたが、98〜99年の1年間は活動を休止していらっしゃいました。これはどうしてですか?


この時期は劇団として大きな転換期でした。当時、劇団のトップ俳優だった堺雅人に、芸能事務所と契約をするように勧めたんです。力のある俳優ですから、早いうちからもっと外に出た方がいい、ってね。

でも、それによって定期的に舞台に立てなくなってしまって、動員数が一気に5割まで落ち込みました。公演の度に何百万円もの赤字が出たり、1年先までおさえていた1000人級の劇場をキャンセルしたりと、経済的にも危機的な状況になりました。

オレンジは彼がいないと駄目なのか?!と自問自答を繰り返し、次なるステージを模索していました。その時期、初めて“インプロヴィゼーション”というシステムに出会ったんです。

即興で演じるということは、芝居をやっていれば当然のようにやっていることでしたから、特別珍しいという感覚はなかったのですが、それをシステム化している人達がいる、しかも、即興のライブをやっているというのに驚きました、そして、シカゴに勉強に行ったりして、自分たちの中に取り入れ始めたんです。

2002年に実験的にインプロのステージを始めて、2003年からはシリーズ化しました。インプロ集団は、毎月ライブを行ったりしていますが、僕たちは年に1回、集中的にやります。6〜7月はオレンジのインプロの季節として定着してきました。今では1000人以上動員する等して興業的にも成功しています。

Q・ 中学校、高校の講師など、教育分野にも力を注いでいらっしゃいます。芸術家が教育の中に入ってゆく中で大切にしてらっしゃることは何ですか?


教育の中での芸術家の仕事は、デコボコに判子を押すことだと思っています。

敗戦後、日本を復興させるためにアメリカが提示した道は、第二次産業、つまり工業生産で立国させる道でした。低コスト、短時間で、高精度の製品を大量生産させる。その為には、目標値を達成させるための優れたリーダーシップと、個人の優れた処理能力、そして従順な物言わぬ個性、この3つを育てる必要がありました。

その為には、学校の教育カリキュラムも生産力をあげる為のものになりました。得意な分野を伸ばすのではなく、苦手なものを克服し、平均的な処理能力をもった人間を育てるための教育になったんです。「豊かになる」という目標があった時はそれで良かったし、事実、戦後日本の貧困な生活を考えれば必要なことだったのかもしれません。

しかし、豊かさという目標を達成し、第二次産業から第三次産業、つまり需要と供給の架け橋となる“流通”によって経済を支え発展させてゆく段階にきた現代では、昔のままの教育ではもう無理なんです。

流通には、新しいアイディアを生む柔軟な発想力、先を見通す能力、すばやい決断力が必要です。これって、やりたいことを我慢し、苦手克服に力を注ぐような教育からは決して養われないものでしょ。我慢しなさい、苦手を克服しなさい、物言わず従いなさいと言われても、その理由がもはやなくなっているんです。

むしろ、そうやってやりたくないことをやり続けてしまったから、やりたいことが見付からず、将来に目標も希望も持てず、自殺者が3万4千人を突破するという現代社会が出来上がってしまったんです。もう、今の日本では「NO!」という感情が渦巻き、連鎖してしまっているんですよ。

「我慢する」というマイナスの感情を持っている人は他の人にも「我慢」を強要し、マイナスの感情がどんどんと連鎖してゆきます。でも、やりたいことをやっている人は、他人のやりたいことをも認め尊重する力を自然と身につけています。そうして、プラスの感情が連鎖し互いに刺激しあって、心も社会も豊かになってゆくんだと思うんです。

だから僕は、高校で講義する時は「やりたくない人は出て行っていいよ」って言うんです。やりたくないことをやる時間があったら、やりたいことをしなさい、やりたいことを探しなさいってね。

学校の先生方には、膨大な教育カリキュラムを短時間でこなすと言う縛りがあって、平均的に平坦に合格の判子を押さなければいけないのが現状です。だからこそ、僕たち芸術家は個人のやりたいことを認め、褒める時にたくさん褒めて、デコボコに判子を押す役割を担う必要があると思っています。

Q・今後の展望について教えてください


演劇のインフラ整備を進めてゆこうと考えています。
各地域に病院があって人々の身体の健康を守っているように、各地域に劇場があって、誰しもが演劇に触れ、体験し、心を豊かに育める、そんな環境を作りたいんです。そして、演劇の力を使ってプラスの感情の連鎖を生み出してゆきたいと考えています。

その第一歩として、「演劇千年計画」というものを進めているんです。2004年頃から話し合いを繰り返していて、来年から本格的にスタートする予定です。これは、<芸術レベルの向上>と<観客層の開拓>を基本目標に、「世界的演出家との共同作業」「アカデミズムとの連係」「俳優の育成」「祝祭によるコミュニティの活性化」「芸術家主導の芸術拠点の形成」を行ってゆきます。

来年1月には、渋谷公会堂で設立大決起集会を開催します。1000人規模の劇団の設立を予定しているので、是非多くのアーティストに参加して欲しいですね。そして、一緒に日本の未来を作ってゆきたいです。


旗揚げして14年。長いようで短いこの期間に、さまざまな成功と危機を乗り越えて、更なるステージへステップアップしてゆこうとしている東京オレンジ。その力の源は、「演劇にしか出来ないこと」を考え、こだわりを持った93年当時に遡るのではないでしょうか。何かを成し遂げようとした時、“なんとなく”ではなく、強い意志がそこには必要なのです。

「声を上げるだけでは駄目なんです。結果を残さないと」

そう語る横山さん。来年から始まる「演劇千年計画」に大きな期待が膨らみます。

東京オレンジホームページ>>>http://oranje.jp/
(構成/文・O)2006/11/27