|
|
|
イギリスの文化政策vol.1 〜文化政策の歴史と概要
2001年12月に文化芸術振興基本法が公布されてから4年半。日本の文化政策は、まだまだ成果を出し切れてはいないようです。では、芸術大国と呼ばれるような国々ではどんな対策がとられているのでしょうか。このコラムでは、芸術が盛んな国の文化政策をみながら、今後の私たちの活動に役立てられるものを探って行きたいと思います。 ●イギリスの文化政策の歴史 現代イギリスの文化政策は、民間主導型のアメリカと、政府主導型のヨーロッパ大陸諸国との中間のかたちだと言われています。 イギリスは、自由と平等の思想がいち早く芽生えた国です。17世紀には市民革命が起こり、政治が市民の手に移りました。また、産業革命によって世界に先駆けて近代国家が築かれてゆきました。この歴史の中で、王家の力は制限されていったので、他のヨーロッパ諸国のように特定の王侯貴族や教会がパトロンとなって芸術文化を庇護するのではなく、豊かな新興の中産階級によって支えられるようになっていったのです。 このような歴史的背景から、行政と文化活動とは一定の距離を保ち、自主性を尊重するという「Arm s Length Principle」(アーム・レングスの原則)の精神に基づき、芸術協議会などの中間的な組織を通じて、芸術文化の振興を図るという方式がとられているのだそうです。 ●The Arts Council〜芸術協議会〜 イギリスの芸術文化を支えているのは、政府から独立した立場で活動し、公的な援助を行う芸術協議会です。この機関は、1946年にアーツ・カウンシル・オブ・ブリテン(ACGB)として創立されました。ACGBは、文化・メディア・スポーツ省から一括して援助金をもらい、各地域に分配をするという方法をとっていました。かなり寛大な援助をしていたようで、イギリスの芸術団体は安定した活動を続けてゆけたようです。 80年代半ばになり、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドなどがイギリス政府から政治的独立を目指す機運が高まったため、ACGBもそれぞれの地域に分かれてゆくようになりました。そのため、各地域の芸術協議会が地元の統治組織から直接援助金をもらうという形に変化してきました。 これらの団体は、政府から独立しているとはいえ、やはり時代を担う政治の影響は大きくうけます。 80年代後半のサッチャー首相の時代には、芸術文化予算の拡大停止と公的補助の削減という政策によって、企業や個人からの寄付金を集めるために走り回らなくてはならなくなりました。94年になって、公的宝くじの復活により、売り上げの28パーセントが文化やスポーツに回されるようになったことで、冬の時代に一区切りをつけることが出来たようです。 また97年発足のブレア政権では、地方に実務を委任する方針をとっていたため、各地域での芸術協議会の動きにも変化が現れました。ロンドンなどが管轄に入っているアーツ・カウンシル・オブ・イングランド(ACE)では、公的援助の方針を作って主導してゆく業務を中心にするようになり、各団体に援助金を割り振ってゆく実務に関しては、リジョナル・アーツ・ボード(RAB)というイングランドを10地域に分割している組織に委託するようになって来ました。 これにより、アーティストや観客に近い立場にいて、彼らをより理解できる地域組織が資金分配を行えることで、今まで以上に現場に即した無駄のない業務が行えるようになってきているそうです。 ●実は個人からの提案だった?! イギリスの文化政策のあり方がよく分かる例がいくつかあるのでご紹介しましょう。 まずは、大英博物館。国営の博物館だと勘違いしそうになりますよね。しかし、国家機関に準じてはいますが、政府からは独立していて、イギリス議会に直属する組織です。この博物館のそもそもの始まりは、1753年に医者で自然科学者だったハンス・スローン卿の遺言で、自分のコレクションを国に寄贈したために造られました。公営宝くじの売り上げが資金にあてられ、1759年に世界初の一般市民に公開された法人組織の博物館として誕生したのです。 また、テムズ川の北岸にあるテート美術館は、砂糖貿易で巨大な富を築いたヘンリー・テート卿が、「政府が場所を提供すれば、現代美術の個人コレクションと建設資金8万ポンドを寄付する」という条件を出し、それに政府が応えた形で、1897年に開館した現代美術館です。 このように、民間からの声が上がり、協議会などを通じて政府を動かしてゆくというのが、イギリスの文化政策の基本的な形のようです。 次回は、実際にどんな援助が行われているのかをみてゆきます。どうぞお楽しみに! 参考文献 ・効率文化施設職員のための制作基礎知識(出版:財団法人地域創造) ・文部科学省ホームページ: http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpad200001/hpad200001_2_107.html |
|||||
|
(文・ O)2006/8/21
|