under


 
 
全校で取り組むドラマ教育〜西東京市立中原小学校〜(後編)

「特色ある学校づくり」として、《生活・総合的な学習の時間を中心とした「生きる力」を引き出すドラマ教育》をテーマに、全学年が年間を通してそれぞれのプランを立て、表現遊びや演劇などの表現活動を展開している西東京市立中原小学校。(各学年の年間プログラムは前回参照)

今全校で展開しているこの授業を「ドラマ教育」と呼んでいる。演劇教育と言わず、ドラマ教育と名付けているのは、一般には「演劇=舞台での上演」という図式がイメージされるが、それには捉われない活動だからである。からだや声(ことば)そのものの表現を楽しみながら、自分の個性や良さに気づき、友だちとの関係を創っていくことをねらいとして、さまざまな表現あそびやコミュニケーション・ゲームを行う。もちろん、一つの劇を創ってお互いに見せ合うというところまでいくこともある。

「舞台での上演」となると、一つの劇を創り上げなければならず、出来映えにも負担を感じるという教師もいる。しかし、「ドラマ教育」ではあまり感じられない。教員自身がそのおもしろさや意義を感じてみようと、4月、新任教員を迎えた職員会のはじめに、「自己紹介」をやってみた。子どもたちの年間授業のはじめにも計画している「自己紹介」を教師たち全員でやって、硬い雰囲気をほぐすのだ。

椅子をまるく並べる/自己紹介1周目=名前を言って隣の人にアイ・コンタクト(どうぞ)/2週目=前の人の目を見、それから自分の名前を言う(〇〇さんの隣の△△です)/3週目=名前を言ったら「好きな物」をひとつ言い足す……といった具合。

子どもたちの最初の時間では、この後「好きな物(食物、色、教科、動物、など)」で集まったり、それを他のグループに当てさせるゲームにしたりしている。「自己紹介して仲良くなろう!」という目標である。

舞台での上演をめざす劇づくりでも、いきなり脚本を与えて役をふり、せりふを覚えてきて…というようなやり方はしない。次のような流れである。

ウォーミング・アップ……心身の解放をめざして遊びやゲームから入る。
・劇あそび……あらすじや役の確認だけして子どもたちの主体的な遊びを見守る。教師は叱らない、誉めない。
・即興劇……相手の動作や言葉を注意深く見聞きし、「生きた反応」をするようアドバイスする。
人物づくり(役の理解)、「群衆」場面のたいせつさの理解……配役は急がない。やってみたいと思う役をやってみる。役になって「自己紹介」をしたり他の子たちからの質問を受けたり(役の「記者会見」)する。また、せりふのない役でもその場に必要な存在ということを理解するため、「群衆」場面をみんなでやって主体的に反応することを実感してみる。

『チャレンジフェスティバル』と題した創作劇(神尾タマ子作)の場合。お手玉、なわとび、剣玉、フラフープ、ボールなどを脚本に盛り込んだ舞台である。これは、3年生3学級が「総合的な学習の時間」に、<名人にチャレンジ>と称していろいろな遊び・表現に取り組み、一人一人が練習に励んだ子どもたちの姿勢や成果を、劇として表現しようとしたものである。

劇の題名や内容も子どものアイデアを募る。子どもたちは配役が決められる前に、自分がやってみたい役をやってみた後で希望の役を三つ書く。それを担任3人で調整するのだが、こういうやり方にも、子どもたちが主体的、意識的に自分の思いや考えを人にしっかり伝えられるように、という教師の願いが込められている。

ところで、このようなこの学校のドラマ教育の推進役を果たしている神尾タマ子さんは、これまで長い間、勤務のかたわらアマチュア劇団に所属して舞台に立ったり、研修生としてプロ劇団に通って演劇を学んできた。日本演劇教育連盟では「演劇と教育」の関係や意義について実践を通して研究を進めてきた。そういう実績が同僚教員の信頼を得ている。

演劇人や劇団との交流も積極的に提案し、実行している。ゲスト・ティーチャーとして迎えた「プレイバック・シアター」も参考になった。子どもたちそれぞれが語る思いや悩みを、ほかの子どもたちが聞いて、それを演じて見せる。

思いや悩みを語った子どもは、友だちが演じてくれた即興の表現を見て、自分の気持ちを対象化し、落ち着くのだ。演劇鑑賞教室も開いている。子どもたちの創造的な気持ちを掻き立てるようなすぐれたプロの舞台を観ることもたいせつな教育だ。

観ること演じること、劇から学ぶものは大きい。「生きる力」につながる。そういう教育を全校で協力して実践している中原小学校に学ぶものは大きい。


(文・日本演劇教育連盟・市橋久生)2006/9/4