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オーストラリア演劇事情

オーストラリアの演劇と聞いて、誰もが最初に思い浮かべるのは、あの貝殻のような 形をしたオペラハウス。しかし、そこで演じられている内容は、というとほとんど知 られていない。

オーストラリア演劇が注目を集めたのは2000年のシドニーオリンピックから。し かも、演劇の歴史は浅く、本格的に始まったのは70年代という。日本ではつかこう へい氏、野田秀樹氏の活躍により、小劇場ブームが湧き起こったあの時代だ。

たった30年ほどの歴史しか持たないオーストラリア演劇が成長するのは、まさにこ れから。国民の間にも、演劇の魅力が、少しづつではあるが浸透してきている。

ハリウッド俳優のメル・ギブソンは、オーストラリアの演劇学校出身であるし、オー ストラリア映画「シャイン」がアカデミー賞を受賞したもの記憶に新しい。同作品で 主演したジェフリー・ラッシュはオーストラリアのベアボアストリート劇場で多くの 舞台に出演した“地元”の名優だ。

1999年からは、メルボルンの劇団「プレイボックス」が来日し、「リア王」を上 演したり、「フローティング・ワールド」を上演したりと積極的に日本での公演を始 めている。今後、日豪の交流が進むことで、多くのオーストラリア演劇を目にする機 会が増えていくことだろう。

また、オーストラリアは、国をあげて演劇文化の普及にも力を入れている。オペラハ ウスをはじめ、シドニーやメルボルンなどの大都市に数多くの大劇場や小劇場を開 設。国立演劇学校はもちろん、演劇人たちにも、国や州から援助をするといった活躍 ぶりだ。そのため、演劇人たちは、舞台表現に集中することができ、短い時間ながら も、デイン・ペリーなどの優秀な演出家や、「真珠を拾うもの」などの優れた作品を 輩出することに成功している。80年代以降は、バスカー(大道芸人)の火を使った 曲芸や高足(竹馬のようなもの)をつかった芸や、アボリジニの舞踏などを芸術とし て認知している。

これは他の多民族国家には見られないもので、これによって、オーストラリア演劇 は、素晴らしい幅の広がりを見せている。国の援助を受けて、様々な劇団や表現者達 が、芸術的に洗練された芸を追及しているオーストラリア演劇。国立の劇団も演劇学 校ももたず、日々の生活に苦労している日本演劇人には羨ましい限りだ。



2001/8/6




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