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多民族国家!マレーシアの演劇
複数の民族が共に暮らす国、マレーシア。主に使われている言葉は、マレー語、英 語、中国語、タミル語の4つ。それ以外にも、いくつもの言語が飛び交っている。こ のように、多くの民族が暮らす国の演劇とは、いったいどんなものなのだろうか? 例えば、映画。マレーシアでフランス映画を上演したところ、4カ国語の字幕が画面 いっぱいに溢れてしまい、俳優の顔が見えなくなってしまったという。これ、笑い話 ではなくて本当の話だ。 演劇の場合でも言葉の壁は大きいらしく、国内の演劇カンパニーの場合でも、電光掲 示板の字幕やイヤホンの同時通訳によって上演されることが珍しくない。日本でも、 海外カンパニーの来日公演では、よく字幕や同時通訳を採用するが、マレーシアの字 幕に表示されるのはやはり4ヶ国語。1人の役者がセリフを喋るたびに、電光掲示板 がチカチカしてしまい、とてもじゃないが、芝居に集中できない。さすがに、これに はマレーシアの演劇人たちも悩んでいるらしい。 ところが、この問題を逆手にとった、斬新でユニークな演出も登場した。舞台装置に は、20個(!)もの電光掲示板を設置し、登場するパフォーマーは一切台詞を喋ら ない。アルファベットやハングル文字や漢字など、世界各国の20の言語が、音楽、 照明、そして役者の動きに合わせて舞台を彩ってゆく。暗転中、音楽と電光掲示板だ け……。この光と音のコラボレーションは、なんとも奇妙で心地よい感覚。マレーシ アの多民族間のコミュニケーションの問題提起として、こうした演出が演劇で用いら れたのだが、斬新で大胆な切り口に脱帽である。 多民族国家・マレーシアの、言葉の壁を越えた演劇――――。 今年、日本/マレーシア現代演劇共同制作公演「あいだの島」を、東京(シアタート ラム)と、マレーシアで上演した。稽古は当然日本とマレーシアの俳優たちによる共 同作業であるが、文化や考え方の違いをお互いに理解しながらも、目的を共有して創 りあげてゆく過程は、単一民族国家である日本の俳優には、難しくもあったろう。た だし、1つの芝居の中で、違う民族の人が“生きる”ということは、なによりもエキ サイティングである。 「あいだの島」だけではなく、日本と各国の演劇人たちが国境を超えて競演するフェ スティバルはわりと多い。しかし、その認知度と評価はまだまだ低い。グローバル化 が叫ばれる現代の世界の中で、演劇を通じての国際交流は、もっともっと頻繁である べきだ。多民族国家の中で、素晴らしい才能を生み出してゆくマレーシアの演劇を観 ると、演劇の可能性が想像以上に大きいことを、思い知らされる。 |
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(文・TMK)2001/12/03
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