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韓国はダンスも熱い!!
FIFAワールドカップTM初のアジア開催で盛り上がる韓国。サッカー韓国代表チームも ベスト4に残る奮闘ぶりで、私たちの心を熱くしてくれているが、この国ではスポー ツだけでなく、文化も熱く盛り上がっている。 中でも今回注目したいのが「韓国コンテンポラリーダンス」だ。世界的なダンサー& 振付家の登竜門と言われる仏・バニョレ国際舞踊振付コンクールで、韓国の無名のカ ンパニーが1996年にグランプリを獲得し、各国を驚かせた。以来、イギリスでも 韓国の若手ダンサーの招聘公演が連続して行なわれるなど、国際的な注目を集めてい る。 現在、韓国には公立私立の大学・短大を合わせて、40以上もの大学に「舞踊科」が 設置され、著名な舞踊家を教授に迎え、徹底した専門教育がなされている。ちなみ に、韓国では舞踊を下記の3つに大別している。 (1)韓国伝統舞踊 (2)クラシックバレエ (3)モダンダンス 韓国コンテンポラリーダンスには、(1)の伝統舞踊のテクニックを基盤として、現 代的なテーマや個人の内面を表現した「創作舞踊」と、(3)のアメリカン・モダン ダンスから連なる「現代舞踊」の2つの流れがある。そして今では「創作舞踊」と 「現代舞踊」という2つの異質なジャンルが刺激的に融合しあった実験的な作品も多 く発表されており、ダイナミックな交流がなされている。 韓国では、子供の頃から韓国伝統舞踊に親しむ機会が設けられている。1955年 に、戦後初めて施行された教育課程では、舞踊教育が小学校の体育の必須科目とな り、「歌唱遊戯」と「表現遊び」が行なわれるようになった。当時の日本では、演劇 や表現活動と教育が結びつきを模索しつつも、社会的に認められていない時期。しか し、隣国・韓国では、すでに「表現」を教育課程に組み込んでいるのである。 中学校・高校でも、体育科目の必須として「舞踊」が取り上げられている。63年、 81年の改定を経て、現在の舞踊教育は「民族舞踊」と「創作舞踊」の2つに分けて 再編成されている。 大学で舞踊学科が初めて設置されたのは、1963年。「美人・頭脳明晰・良家の子 女」と三拍子揃った名門女子大、梨花女子大学であった。舞踊学科は「韓国舞踊」、 「クラシックバレエ」、「モダンダンス」の3コースに分かれており、1学年の定員 はわずか50名と、少数精鋭の授業が行なわれる。学生は3コースを全て履修し、あ らゆるジャンルのダンスを総合的に学んだ上で、自分のスタイルを創りだしていくこ とになる。 卒業生は、大半が大学院に進み、研究を続けながらプロの舞踊家として活動を始め る。そして、一部の才能を認められた舞踊家たちは、大学の教授になり、社会的な地 位と、経済的な基盤を獲得し、創作活動と舞踊の発展に専念してゆく。 また、政府の持つ文化芸術財団も、工場の勤労者を対象にしたダンスツアーに助成金 を出すなど、舞踊の一般社会への浸透に積極的に取り組んでいる。一方、民間企業の 間でも舞踊公演に対するスポンサー支援が多く、一般社会と舞踊とが密接に結びつい ていることがよく分かる。 1910年から45年まで、韓国は日本占領下にあった。韓国の芸術文化活動は厳し く規制され、表現の自由がなかった。しかし、民衆にとって芸術文化は自国の誇りの 象徴であり、最後の抵抗の砦として、心の奥底に生き続けていたのである。 そんな思いは、占領下時代が終わるとともに一挙に噴出し、50年代後半からは、韓 国学の見直しと復興という、国民的芸術運動の時代が到来した。政府は自国のアイデ ンティティと自尊心の復活をかけて、文化芸術の振興政策に力を注いだのである。 長引く不景気、母親の子育て問題、犯罪の低年齢化など、大人も子どもも心の闇を彷 徨う日本。サッカーでは国を挙げてのお祭り騒ぎとなったが、日本が負けたとき、他 国のサポーターのように涙を流し、選手の奮闘に自国の誇りを持って称えた人はどれ だけいただろうか。日本を誇りある国として称えられる人が、何人いるだろう?それ よりも、韓国代表チームの闘志をむき出しにした粘り強い戦いぶりと、ベスト4に残 るという快挙に嫉妬をした人は多いのではないだろうか? もちろん、日本には世界に誇るべき文化がたくさんある。今、それに気付き、“誇 り”と“粘り”を持って掘り下げてゆくことが、日本の将来にとって大きな意義があ ることを、韓国の隆盛から学べるのではないだろうか? |
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(文・O)2002/6/24
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