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ロシアの演出方法  〜不安から生まれる新しい試み〜

人類最高のユートピアを目指して構築された「ソビエト連邦」が崩壊、その後、物価も言葉も情報も全てが混乱し、現実世界からリアリティーが失われたロシア。理想的な未来像が失われ、今、市民は日々の生活に浮遊感を感じているという。

そんなロシアの文化を語るとき、多く目にするのが「ポストモダン」という言葉。 様々な価値観が混在し、相対化されてしまう中で、人々はいかにして自己を認識するか、という問題に直面しているのだ。

そんな社会的背景の中で、ロシアの演劇はどんな表現方法を持っているのだろうか。

芸術を楽しむとき、人は現実を忘れて、虚構の世界にひたっていく。しかし、現実世 界そのものがまるで作られた嘘の世界のように感じられると、芸術世界の中に安心してひたりこんでいくことが難しくなってしまうという。

文学の世界であれば、現実以上にバーチャルな世界を徹底することで、現実世界と物語の世界を切り離して、独立したイメージを創作できる。しかし、演劇では、目の前に生身の人間が存在しているため、見ている人間が現実を忘れることは到底不可能なのだ。

そう、日本の演劇界に翻訳劇のブームが巻き起こったときも同じ現象が起きた。金髪のカツラをかぶった日本人俳優が、同じようにカツラの俳優に「やぁ、ジョニー」と言っても、その場所が日本であるという現実を忘れることができなかったのだ…。

今、ロシアの演出家はこうした課題をクリアし、観客に純粋に舞台を楽しんでもらおうと、いろいろな工夫をしている。

例えば、作品の中のエピソードを、記憶がフラッシュバックしていくようにランダムに演じ、役者も一つの役を演じきるのではなく、いくつもの役を入れ替わり立ち代り演じていく。また、最前列に座っている観客との掛け合いがあったり、退場するときに客席を通って退場したりと、お祭り的な要素を取り入れて、舞台上だけではなく、劇場空間全てを現実から切り離して行く。

その他、舞台上には椅子だけがあり、役者は全て椅子に座る。動きは役者が席順を変えるくらいで、後は台詞だけで物語を進行させていく。役者としては、言葉の表現力が要求されるとても難しい演出方法だが、観客は聞こえてくる役者の生の声と、ときどき入れ替わる席順の意味を結びつけながら、静かに、深く物語の中に入り込んでゆく。

もともと、文学が社会や哲学の土台とされ、ソビエト連邦という多民族国家を統合す るための軸となっていたため、脚本に対する信頼感が厚いのだろうか。こういった文学に救いを求める方法も、観客を現実から切り離すのにとても有効なのだ。

それとは全く正反対の演出も試みられている。とても身長の高い女性が、とても小柄な人の役を演じたり、「ブーツが小さくて足が痛い」と嘆く役者の服装がとってもラフだったりと、台詞の意味と実際に見えるものの間に大きなギャップを作り、明らかに嘘の世界を作り上げて行く方法だ。

これらの演出から、方法は違っても、今の時代を生きる人間としての不安や、生きていくこと自体への問題を、国民と共有し、共に考えて行こうという姿勢がうかがえる。そして、そういった強い意志やテーマを持った作品は、かならず国や言葉を超えて、広く人々の心を捉えていくことだろう。

今年11月16日に、富士市にモスクワの老舗「マールイ劇場」が、チェーホフの「かもめ」を持ってくる。“情感たっぷりだが醒めた喜劇”と言われるマールイ劇場の「かもめ」。たくさんの人物が登場し、たくさんのすれ違いの恋が描かれている作品を、廻り舞台を使って描き出すという。最後に若者が自殺をしてしまう「喜劇」を、是非一度ご覧になってみてはいかがだろうか。


(文・O)2002/8/26