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リチャード・ロジャース生誕100年祭
皆さんは、「リチャード・ロジャース」をご存知だろうか。日本では一般的にあまり名が知られていないが、彼はニューヨーク・ブロードウェイで2度の黄金期を築いた偉大な作曲家である。「ドレミの歌」や「エーデルワイス」、「シャル・ウィ・ダンス?」、「サウンド・オブ・ミュージック」と聞くと、誰もがメロディーを思い出す筈である。 “ブロードウェイ史上に輝く不朽の名作”として世界中で上演が繰り返されている大作を、次々と発表したリチャード・ロジャース。彼の生誕100年祭が、アメリカをはじめとした世界各地で開かれている。 ロジャースは、1902年6月28日にニューヨーク市に生まれた。6歳にしてピアノをマスターし、16歳の時に、ドイツ・オペレッタの英訳をしていた作詞家ロレンツ・ハートとコンビを結成。そして、1920年、「プア・リトル・リッツ・ガール」でブロードウェイ・デビューを飾った。ロジャース、若干18歳の時である。以降、23年もの間、2人は試行錯誤を繰り返しながら、毎シーズン2作のペースで新作を発表、アメリカのミュージカル黄金時代を担っていった。 この頃のブロードウェイは、今のような観光名所ではなく、観客も芝居好きの生粋のニューヨーカーがほとんどだった。そのためか、ロジャースの曲は、粋で洒落た「都会派」なナンバーが多く、ニューヨーカーたちをにんまりとさせるような、玄人受けする要素が強かったようだ。 しかし、1943年、ロジャースとハートのコンビは解消される。ハートは、酒好きの豪快な人物だった。ブロードウェイでは夜な夜な徘徊し、見ず知らずの人に酒をおごる名物男として、誰からも慕われた。しかし、酒の量が多く、晩年は仕事をすっぽかして失踪するようになり、ロジャースは相当に手を焼いたようだ。この年、ハートは肺炎を患い、48歳という若さでこの世を去った。 やがて、ロジャースは、「オクラホマ!」の制作を皮切りに、オスカー・ハマースタイン2世とのコンビを結成。34回のトニー賞、15回のアカデミー賞、2つのピューリッツアー賞、2つのグラミー賞、2つのエミー賞を獲得した名コンビの誕生である。 ハマースタインの詩は、生きる喜びを大らかに歌い上げる牧歌的なものが多く、それに合わせて、ロジャースの曲も、小粋な「玄人受け」するものから、シンプルでメロディアスな「大衆受け」するものへと変貌を遂げる。 2人は、43年の第1作目にして最大のヒットとなった「オクラホマ!」に始まり、「回転木馬」(45年)、「南太平洋」(49年)、日本では映画「シャル・ウィ・ダンス?」でお馴染みの「王様と私」(51年)などの大作を次々と発表。ブロードウェイでの頂点を極めた。 しかし、映画版もヒットした「サウンド・オブ・ミュージック」(59年)が2人の最後の作品となってしまった。この作品の完成間近の頃、2人はガンを患っており、ロジャースは下顎の半分を切除する手術を受け、病院と舞台を往復しながら曲を作っていた。また、ハマースタインもガンによる余命宣告を受けながら、最後の作品「エーデルワイス」を書き下ろしていた。 初演の幕が開けた翌年の夏、ハマースタインは医者の忠告を断り、故郷のペンシルベニアの農園に帰り、60年8月23日、静かにこの世を去ったという。この日の夜、演劇史上初めて、ブロードウェイとロンドンのウエストエンドで、追悼の意を込めて全ての灯りが3分間消灯されたそうだ。 最高のパートナーを失ったロジャースは、再起不能を噂されたが、62年、黒人モデルと白人作家との恋愛を描いた、当時としては異色の作品「ノー・ストリングス」で見事に復活を果たした。 しかし、その後も若い作詞家と組んで新作を発表するも、なかなか成果をあげることが出来なかった。これは、60年代後半からのロック・ミュージカルの台頭によって、ロジャースの健全でのんびりとした曲調が「過去の物」として扱われ始めたことも大きいようだ。 それでも、ロジャースは頑なに自分のスタイルを貫き通した。晩年は卒中と心臓発作に苦しみ、喉頭ガンで声帯を摘出するも、創作意欲は衰えず、最後の力を振り絞って「ママの想い出」を完成させた。そして、この作品が閉幕した3ヵ月後の79年12月30日、ニューヨークの自宅にて、静かに77年の生涯を終えたのである。 後年はヒット作に恵まれなかったものの、18歳から77歳までの約60年間、ブロードウェイ・ミュージカルを作りつづけたリチャード・ロジャース。劇場から帰るとき、思わず口ずさんでしまう曲を、ロジャース自ら「テイク・ホーム・チェーン」(お持ち帰りソング)と称した、誰にでも馴染みやすい名曲の数々が、今、世界各国で上演されている。 日本では、東京NHKホールにて11月30日、「リチャード・ロジャース生誕100周年記念公演」が行なわれる。彼の名作のハイライトシーンを、日本のミュージカル・スターたちの競演で綴られるこの公演は、ミュージカルファンだけでなく、広く一般の方々にも是非観ていただきたい。子どもの頃に学校で習った曲が、鮮やかに、息吹をもって蘇ることだろう。 |
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(文・O)2002/9/23
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